投稿者「musicabella」のアーカイブ

スイス日記その3: グリンデルワルト→インターラーケン

グリンデルワルトからちょっと山を下りてインターラーケンへ移動。ブリエンツ湖の海上交通(船)を使ってブリエンツ駅へ。そこからブリエンツ・ロートホルン鉄道(登山鉄道)でロートホルン山頂近くのロートホルンクルム駅へ。ブリエンツからインターラーケンへの帰りは鉄道(IC)で。

スイス日記その2: ユングフラウヨッホ

ちなみにスイス建国記念日。登山鉄道(ユングフラウ鉄道)でユングフラウヨッホ(標高3454m)へ登る。夜はグリンデルワルトでのスイス建国記念式典を見物。

ユングフラウヨッホも16年前に登ったことがあるのですが、息子がお父さんとお母さんがしたことを追体験したいとのことなので登ってみることにしました。まあ、鉄道好きにとっては魅力的な旅程でもありますし。

グリンデルワルトからユングフラウヨッホまでは、まずヴェンゲルンアルプ鉄道でクライネ・シャイデックまで行き、そこでユングフラウ鉄道に乗り換えて標高3454mのユングフラウヨッホ駅まで行くことになります。

出発が遅くなるとどんどん人が多くなると聞いたのでできるだけ早く出発しようと画策したのですが、始発は7時17分発。ホテルの朝食は7時からなのでさすがにこれにのることはあきらめ、次の7時47分発の列車に乗りました。

ユングフラウ鉄道はアイガーの中を通るので途中駅の「アイガーヴァント」や「アイスメーア」からはアイガーの絶壁を見ることができます。(ただし停車するのは登り列車のみ)

スフィンクス展望台は前に来た時には行かなかった(あるいはできていなかった?)のですが、エレベーターに乗って行くことができます。絶壁の上に張り出すような形で展望台が作られているので足元を見るとすくみます …

この日以降天候が悪くなることを見越して今日登ったわけなのですが、かなり日差しが強くて(というか強過ぎ)全然寒くありません。

クライネ・シャイデックまで降りて、登山電車が見える席で昼食を。妻はスイスの伝統料理であるラクレットを注文しました。直火で温めて溶けたチーズをジャガイモなどにからめて食べる料理で、ちょっと焦げたチーズがおいしいです。私はビーフステーキのサンドイッチを、息子はレシュティつきのブラートブルスト(焼きソーセージ)を注文しました。レシュティもスイスの料理で、ジャガイモを細く切ったものをまとめてフライパンで焼いたもので、食感はハッシュポテトに近いです。

夕食は近所のレストラン「ランデヴー」でミート・フォンデュを。

夕食後、グリンデルワルト駅近くの行われるという建国記念日の式典を見ようと外出。式典会場までは誰でも参加できるパレードが行われるようで、遠くからブラスバンドの音が聞こえてきます。このパレードはちょうど宿泊しているホテルの前の通りを通って式典会場まで行きます。そこで、昨日公園で出会った家族と再会することができました。ホテルでもらったというランタンを持っています。このあたりから小雨が降ってきたのですが、みんなで一緒にパレードに参加して式典会場まで行ってみようということになりました。

会場ではまず代表者から式典に参加した人たち(ほとんどが観光客だと思いますが)への挨拶。日本語もあったのには驚きました。確かホテルに置かれていた式典の進行表には「式典中の花火は慎みましょう」みたいなことが書かれていたのですが、あちこちから花火が上がっています。式典はそのあと、地元のヨーデル合唱団、ブラスバンド、アルプホルン隊の演奏などが予定されていたのですが、だんだん雨が強くなってきたので途中でホテルに帰ることにしました。

スイス日記その1: アイガーあれば大丈夫

空路でハンブルクからチューリッヒへ。その後、鉄道でグリンデルワルトまで。

グリンデルワルトは16年前(すげえ昔 …)に訪れたことがある場所です。当初はインターラーケンに滞在して天候がよい日にグリンデルワルトやその先に登るというアイデアもあったのですが、「お父さんとお母さんが行ったところへ行きたい」という息子の希望により、グリンデルワルトのアイガーが見えるホテルに宿泊することにしたのでした。

(どうでもいい話:Grindelwald はドイツ語読みだと「グリンデルヴァルト」なのですが、現地スイスのドイツ語では「グリンデルワルト」と発音するそうなので、このブログではそう表記しています。)

チューリッヒからインターラーケンまではチューリッヒ→ベルン→インターラーケンという経路で電車に乗っていくのが速いのですが、息子がスイスの新型特急である ICN に乗りたいということだったので、少し遠回りをしてチューリッヒ→ビール→ベルン→インターラーケンという経路で行くことにしました。

まずは日本語の観光案内所へ。週間天気予報を見てだんだん天気が崩れてくることがわかっていたので、明日のうちにユングフラウヨッホへ登ることにしました。チケットはこの観光案内所で買えます。

妻がスーパーマーケット「coop」でおやつや飲み物を買っている間、息子を近くの公園で遊ばせていたのですが、近くで遊んでいた日本人の兄弟と合流していつの間にかゴセイジャーごっこに。お父さんと少し話をするとミュンヘンから来られたそうな。また、後で奥さんとお話ししてわかったのですが、最近ミュンヘンからハンブルクのうちの並びのテラスハウスに引っ越してきた方とお知り合いだったとか。しょせん世間は2ホップですね。

夕食はホテルのレストランで。息子はだいたい外食をする時にはアップルジュース(Apfelsaft)を注文するのですが、給仕のおばさんが言うことには「スイスでは Apfelsaft は炭酸入りが普通」なのだそうです。それから我々はスイスのビールを。

スイス日記その0: とりあえず総括

今年の夏休みはスイスへ行くということで計画を立てていました。本当はもうちょっとのんびりとスイス国内を移動したかったのですが、今年は日本への帰省や弟の結婚式や家族の引っ越しなどのために有給休暇を消費したので、夏休みはあまりゆっくりできませんでした。

日記はぼちぼち追加していきますが、とりあえず全体スケジュールを書いておきます。

第1日目(7/31(土)) とりあえず移動

空路でハンブルクからチューリッヒへ。その後、鉄道でグリンデルワルトまで。

第2日目(8/1(日)) ちなみにスイス建国記念日

登山鉄道(ユングフラウ鉄道)でユングフラウヨッホ(標高3454m)へ登る。夜はグリンデルワルトでのスイス建国記念式典を見物。

第3日目(8/2(月))

グリンデルワルトからちょっと山を下りてインターラーケンへ移動。ブリエンツ湖の海上交通(船)を使ってブリエンツ駅へ。そこからブリエンツ・ロートホルン鉄道(登山鉄道)でロートホルン山頂近くのロートホルンクルム駅へ。ブリエンツからインターラーケンへの帰りは鉄道(IC)で。

第4日目(8/3(火))

ゴールデン・パス・ラインでインターラーケンからルツェルンへ移動。ルツェルンの交通博物館へ。

第5日目(8/4(水))

ルツェルン郊外のピラトゥス山へ。登りはピラトゥス鉄道で、下りはロープウェイで。その後再び交通博物館へ。

第6日目(8/5(木))

ルツェルンからゲッシェネン経由で氷河急行停車駅であるアンデルマット駅へ。そこから氷河急行に乗ってサンモリッツまで。

第7日目(8/6(金))

サンモリッツからティラーノ(イタリア)までベルニナ急行に乗る。イタリアでピザとパスタを食べて、鈍行で同じ路線をサンモリッツまで帰る。

第8日目(8/7(土))

サンモリッツからチューリッヒへ移動。サンモリッツ→クールは氷河急行でも通るルート。クールからチューリッヒまではICで。チューリッヒでは郊外にある「ル=コルビュジェ・ハウス(ル=コルビュジェ・センター)」へ。スイス出身の建築家であるル=コルビュジェが設計した家で、プライベートな美術館にもなっています。

第9日目(8/8(日))

デザイン博物館へ。ル=コルビュジェのアトリエにいた女流デザイナー、シャルロット・ペリアンの展示をやっていました。その後、トラム博物館へ。チューリッヒから空路ハンブルクへ。

松平敬/モノ=ポリ

松平敬さん。バリトン歌手。今までウェブ上でその活動を垣間見ることはできていましたが、演奏に接することができずにいました。その松平さんのソロアルバムをようやく耳にすることができました。

MONO=POLI (モノ=ポリ)

まず特筆すべきはこのCDに含まれる全ての音が松平さん自身によって発せられていること。ファルセットも含めた歌唱で、最大16声部の合唱曲(リゲティの《ルクス・エテルナ》)を多重録音によって実現しています。

それから、そのミキシングについても松平さんの意志が最大限反映されていること。DAWを使って、各曲に適した残響(リバーヴ)、それぞれの声部の定位、それから各声部のピッチの微妙な修正(Melodyne というその筋では有名なピッチ修正用プラグインを使っているそうです)にいたるまで松平さん自身が行ったのだそうです。

ライナーノートの中で言及されていますが、コンサート活動を拒否したグレン・グールドが目指した「現実的には存在し得ない理想的な演奏」との共通性もあります。とはいえ、楽器を介在した演奏には何かしら演奏者の手の届かない領域があるわけです。例えば、ピアノの調律であったり、管楽器や弦楽器を製作する技術であったり。

そう考えると、声楽というのは演奏者の意図を100%(により近く)具現化することができるジャンルであり、そのように演奏者の意図が極限まで反映されたアルバムというのは、少なくともクラシックの分野では今までなかったように思えます。(J-POPだと山下達郎さんの「ON THE STREET CORNER」シリーズがすぐに頭に浮かぶのですが …)

そんなことを考えていると、このアルバムの「極上のマニエリズム」に対して深い敬意を表したくなります。通勤時の車の中で聞き始めたのですが、どんどんボリュームをあげていきたい衝動にかられました。このアルバムの白眉であろう上記の《ルクス・エテルナ》では、まさにこの世のものとは思えない響きが聞こえます。(実際、いかなる実演でもこの響きを再現することは不可能なのですが)

久しぶりにショッキングなCDに出会えました。

予断ですが、以前仕事でお世話になった方(副業の方ですが …)がプロデューサーに名を連ねていたのを見てうれしくなりました。

突然の虹

暑さもピークを過ぎた、というか異常気象もピークを過ぎたようで、ようやくハンブルクらしい気候になってきました。半袖で過ごしていると肌寒いくらいです。

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お風呂からあがって、そろそろ寝るか、というタイミングで妻が虹を発見しました。こんなに素晴らしい虹を見るのは久しぶりです。

本当は綺麗な半円形を描いているのですが、iPhone では(それから私が持っているレンズでは)その全貌を捉えることができません。

しばらく見ていたら、どんどん消えていってしまいました。

独り寝

はい。親バカ日記です。

先週、日本から船便で送った荷物が届いたことはこのブログで書きましたが、ベッドも届いたので親子3人「川」の字で寝ています。まあ、息子の寝相が激しく悪いので夜中には「H」の字になったりしていますが …

それ以前は、前に住んでいた方が置いていって下さったベッドのマットレスのみを並べて「川」(あるいは「H」)の字で寝ていたのですが、夏休みに祖母や叔母や従兄弟が遊びに来ることになっているので、それらのマットレスを元に戻してお客さんが寝られるような環境を作りました。

ベッドのうちの一つは息子の部屋(として確保しているレゴ部屋)にあるのですが、どうも自分の部屋にベッドができたのがうれしいらしく(それまではフレームしかなかった)、昼間からごろごろして思い切り手足を伸ばしてみたりしています。(ちなみに手足を思い切り伸ばしたくても伸ばせないのはお前ばかりではないぞ)

夜になったら「ねえねえ。今日は独りで寝てみたい。」と言い出しました。

お父さんは息子からそんな自立心に満ちた言葉が出てきたのがうれしくて内心うるうるしていたのですが、とりあえず「怖かったらお父さんとお母さんが寝ている部屋に来てもいいからね。」ということで独りで寝かせてみました。

で …

所要時間1分というところでしょうか(笑)。「何か、お母さんの声が聞こえたので来てみたよ。」ということで速効で妻の隣にもぐり込みましたとさ。

本当に独り寝できるのはいつくらいからなんでしょうね?

休養

昨日、暑い部屋でぶっ続けで会議をやっていたらだんだん気持ち悪くなってきたので、今日は会社を休ませてもらいました。

ごろごろしながら読んだ本。

のんのんばあとオレ (講談社漫画文庫)

こちらでも JSTV 経由で「ゲゲゲの女房」(通称:げげにょ)が放送されています。妻と息子はこれを見てから幼稚園へ出かけるのだそうです。(お父さんはそれより前に出かけていますが …)またアニメの「ゲゲゲの鬼太郎」(憂歌団が主題歌を歌っているヴァージョン)も放送されているので、我が家ではちょっとした水木しげるブームになっています。この本は妻が興味を持って日本から取り寄せたものです。

ブラバンキッズ・オデッセイ―野庭サウンドの伝説と永遠のきずな

(今はなき)神奈川県立野庭高等学校吹奏楽部とその指揮者だった中澤忠雄氏に取材したノンフィクション。前著「ブラバンキッズ・ラプソディー」がそのキャリアの前半を描いているのに対して、こちらはその後半を描いています。

そして、以下のビデオがこのコンビでの最後の全国大会となった際の課題曲と自由曲。この本を読むと涙なくしては見れません。(この演奏は実演にも接しているのですが、正直なところ当時はそれほど感銘は受けませんでした。)


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スイス氷河急行での事故、大変ですねえ。実は再来週乗ることになっているのですが …