衝動買い:ギーレンのマーラー

ミヒャエル・ギーレンが南西ドイツ放送(SWR)交響楽団を振ったマーラーの交響曲全集の評判がよろしいということでウェブをつらつら見ていたら、ドイツのCDショップjpc.deでダウンロード販売が9.95ユーロだった。(第1番から第9番まで全曲ですよ!)

この値段だったら「ちょっと聞いてみたい」というモチベーションで買うのも全然OKである。(CD棚のモノが増えるわけでもないので妻にもばれないし)

よく考えたら、このオーケストラは昨年買ったカンブルランの《春の祭典》でも最近聞いている「モダンを回想する」でも耳にしているオケである。

とりあえず第9番から聞き始めてみるが、醸し出される音色の多彩さに驚く。私のマーラーのリファレンスは主に(淡白と言われている)インバル/フランクフルト放送響のコンビなのであるが、それと比較して表現の幅が広い。とはいえバーンスタインのような感情的な表現ではなく、徹底的に客観的に意味付けを行っているように聞こえる。指揮者が語っているのではなく、音楽そのものに語らせているというか。

それから、このオーケストラで《春の祭典》を聞いた時にも感じたのであるが、オーケストラ自身が異質なものを異質なまま表現できる資質を持っているのではないかと思う。例えば楽器間のバランスとか、ソロで演奏する場合の音色とか、20世紀音楽が持っている「前時代の音楽とは違うもの」を慣習に抗ってそのまま提示できる能力を持っているのではないかと思う。

このオケが「現代音楽を得意にしている」というのは後付けの理由になってしまうかも知れないが、ふだんからそういう音楽に触れる機会が多いことで、マーラーの音楽が持つ分裂症的なところやグロテスクなデフォルメなどが説得力を持つのかなあ、と思ったしだい。

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