そういうわけで、細野晴臣さん関連のCDを引き取りに。
で、つらつら書棚をながめていて、つい買ってしまった本たち。
アルケミスタ・マネジメント&レコーズが12月いっぱいで休業するということで、同社のレーベルから出ていたCDが入手しにくくなっている。
伊藤康英さんがピアノとアルト・サクソフォンとナレーションのために編曲したシューベルトの《冬の旅》や、オーケストラ・ニッポニカによる「菅原明朗とその周辺」あたりは買ってあったのだが、それ以外の欲しくて買っていなかったタイトルを探していた。
まずはこれ。HMVやタワーでは手に入らなかったので、オーケストラ・ニッポニカに問い合わせてみたところ、在庫があるということだったので送ってもらった。
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山下達郎ファンクラブに入会してから初めての会誌が到着。毎年この時期の号にはクリスマスプレゼントとしてボーナスCDがつくらしい。
午後8時からNHK-BS Hi で放送された「スーパーライブ Perfume in 武道館」を見る。
本番前の打ち合わせやリハの様子も流れたのでライブ完全収録ではなさそうだが、おいしい曲はかなり放送された。(ま、完全収録版はそのうち DVD で出るでしょ)
そのあと、午後11時からはVMCで教授のPV特集を見る。
存在すら知らなかったPVがあったので結構楽しめた。最初の《戦メリ》はトリオ・バージョンで、でかい遺跡の前でやったライヴの模様である(これ、どこのライヴだったっけ?)。
《羽の林で》と《フィールド・ワーク》はその昔CD10枚組でリリースされた「坂本龍一コレクション」の特典としてついていた。《フィールド・ワーク》の教授の演技は、映画「ラスト・エンペラー」の甘粕正彦に扮したときの演技と印象がだぶるんだよなあ。
《YOU DO ME》はどこかで見たなあ。レーザーディスクの後ろとかに入っていたんだっけ?ファンクと沖縄音楽のごった煮。
《1919》はトリオのために書かれたミニマルな作品。インターネットの黎明期にウェブ上でけっこうお目にかかった気がする。
そうそう、来年の教授ライヴは無事チケット当選。あとは席順のみ。(また)お願いしますよ、神様。
CakePHP 関係のページを探していたら、ちょうど 1.2 RC4 が出たというニュースが。さっそく入れてみた。
例のページネーションのバグが直っていることは確認したが、あとはどう変わったのかよくわからない。
(そんなに使い込んでいるわけでもないし …)
全日本吹奏楽連盟から荷物が届く。
「バンドジャーナル」誌の記事執筆中にどうしても見つからなかった(たぶんちゃんと探せばあるんだろうけど)第52回全日本吹奏楽コンクールのプログラムと、このたび発刊された連盟の70年史である。
ブログのデザイン(テーマ)で今まで英語表記だったところを日本語に変えてみた。今までコメントを遠慮していた方もこれで少しは敷居が低くなったのではないかと。(さらっと見ただけなので全部変わっていないかも知れませんが …)
それから「紹介」が WordPress のデフォルトのままだったので(ちょっと恥ずかしい)、ちゃんと書いてみた。まあ、以前のホームページから持ってきただけですが …
今後もご愛顧をよろしくお願いいたします。
毎度お馴染みバンド・クラシックス・ライブラリーも早いもので第10弾。「大阪俗謡による幻想曲」のサンプル盤がブレーンから届く。
バンド・クラシックス・ライブラリー10 大阪俗謡による幻想曲
それからいろいろ。
Electronic Works 2 (Full Sub Col) [DVD] [Import]
modeから出ているクセナキスのDVDシリーズ第2弾。前作《エルの伝説》が面白かったので買ってみた。やはりクセナキスの電子音楽はマルチチャンネルで聞いた方が絶対に面白い。1970年の大阪万博のために作曲された《ヒビキ・ハナ・マ(響き、花、間)》収録。
タワーレコード限定発売の細野さんのモナド・レーベルからのアルバム再発紙ジャケ4枚。
ブレーンの吹奏楽CD/DVDもろもろ。
遅ればせながら WordPress を 2.7 アップデートした。2.6 はすっ飛ばしたのでいつから変わったのかわからないが、ブログの設定を管理するダッシュボードのレイアウトがかなり変わっている。慣れるまで時間がかかりそう。
海外産のテーマにおいて微妙に多国語対応していない点が気になっていたのだが、あまり修正されていないような感じ。というか、テーマ自体にも手を入れてあげないといけないのか?
最近、またコメントスパムがものすごい。2週間くらいの周期でやって来るような気がする。
なかなか風邪が治らない。家族の中でうつしあいをしていて、誰かが治ったら誰かがひいて … という状態が周期的になっているような気がする。
ということで、今日届いたもの。
行きつけの珈琲屋さん(いわゆる喫茶店ではなくて豆を売っているところ)にチラシが貼ってあったので興味を持った。そのお店のご主人にうかがったところ、なかなか面白かったので見てみようと思ったしだい。子供が生まれてからなかなか映画を見に行けないし、その上このようなマイナーな映画は上映される機会もないし、で、DVD で見るしかないのである。
まあ、珈琲好きの私としては見ておかないと。以前はカフェインに過敏に反応して夜眠れなくなるような体質だったのだが、アメリカや東欧の旅行で珈琲に目覚め、最近は一日に小さめのポット一つ分くらいは飲んでいるのである。
選曲会議が終わって家に着いたのが午前0時過ぎ。よせばいいのにそれから読み始めて結局最後まで読んでしまった。
宮崎勤、小林薫、宅間守といった死刑囚との手紙のやり取り(前者2名とは直接、宅間とは間接的に)を通して、彼らが何を考えていたのかを探るノンフィクションである。彼らの精神崩壊の原因が共通して「家族の喪失」にあるというのが印象に残った。
宮崎勤は祖父、小林薫は母への愛をもって家族としてのシステムに参加していたが、彼らはその愛すべき人たちを失ってしまう。宮崎の場合、文中の説明によれば「(精神の)完全な崩壊という致命的事態を防ぐため」精神的なバリアが働いて現実感を失ってしまったのではないかということである。また、6人家族(祖父、父母、本人、2人の妹)であった宮崎の家ではもともと6人が一緒に食事を取れる卓袱台が使われていたのだが、6人が同時に食事を取ることがなくなったからということで改築時に4人がけのダイニングテーブルに変えたという。普通に考えれば何気ない事実なのだろうが、あとから考えると家族制度の崩壊を象徴する出来事として興味深い。小林薫は筆者が編集していた雑誌「創」の中で、「自分が親に望んでいたこと」として子供を持つ親に対して6つの提言をしている。その中にも「子供と一緒に食卓に着き団欒の一時を過ごして下さい」というのがある。
自著を出版するに当たって宮崎勤が「使って欲しい」と言っていた本人の写真が掲載されているのだが、小学校の低学年くらいだろうか、浮き輪を身につけ、プールか川のようなところで水遊びしている、あまりにも無邪気な笑顔に衝撃を受けてしまった。夏に読んだ平野啓一郎の「決壊」でも書かれていたのだが、無邪気な少年の心の闇が増殖し「向こう側」に行ってしまったのはいつなのだろうか。
今年の秋葉原での事件、「自分も一歩間違えば被害者になり得る」という意味での怖さを感じたことは言うまでもないが、加害者の経歴や人となりが明らかになっていくうちに同時に「自分も一歩間違っていたら加害者になり得た(あえて過去形で書こう)」と思ったことも事実である。彼らがそうなってしまって、我々がそうならなかった理由は簡単には見つからないのだろうか。