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ヤマハ吹奏楽団第41回定期演奏会

逃避逃避 …..

2006年6月4日(日) PM6:00 アクトシティ浜松大ホール

第1部

  • ジェームズ・スウェアリンジェン/ディープ・リヴァー
  • アルフレッド・リード/アルメニアン・ダンス・パートI
  • カール・マリア・フォン・ウェーバー/クラリネットのためのコンチェルティーノ

第2部

  • 樽屋雅徳/ヘスペリデスの黄金の林檎
  • 八木澤教司/神秘の花
  • 清水大輔/すべての答え

第3部

  • レナード・バーンスタイン/キャンディード序曲
  • レナード・バーンスタイン/キャンディード組曲

アンコール

  • ジャコモ・プッチーニ/歌劇《トゥーランドット》より「誰も寝てはならぬ」
  • アルフレッド・リード/《第1組曲》より「ギャロップ」

よく言えば「多彩」、悪く言えば「ごった煮」なプログラム。

第1部はクラリネット独奏に赤坂達三さんとフィーチャー、第2部は数年ぶりに複数の委嘱作品のお披露目、第3部は歌手を交えての歌劇《キャンディード》組曲。

冒頭は意外なほど鳴らない。特にトロンボーンとトランペットの列。 八木澤作品あたりからやっと輝いてきたが、和音が打楽器に頭打ちにされる「ぐしゃー感」は最後まで拭えなかった。

お目当ては、浜松では3月から7月まで毎月のように取り上げられている《アルメニアン・ダンス・パートI》。(ちなみにうちの団が7月にやりま す。)「普通に演奏するとこうなるよなあ」という感じの演奏。汐澤先生の指揮で演奏すると、もう普通の演奏では物足りなくなってしまうのかも …..

第2部は想像通りの雰囲気。 やはり予想していた通り、個人的には清水大輔さんの作品が気に入った。

私のまわりでは第1部や第2部で帰った人もいたが、第3部もなかなか面白かった。ちょっと地味かなと思われる「組曲」(クレア・グランドマン編曲だと思う)も、歌が入ると色彩感が豊かになる。進行役のセリフが聞き取りにくかったのは PA のせいだろう。

アンコールはテナー・ソロによる「誰も寝てはならぬ」。 まさか、こういう演奏会で生で聞けるとは思わなかったのでうれしい誤算。


で、最後に苦言。

今回作品を委嘱されたお三方の作品にケチをつけるつもりは毛頭ないが、やはりヤマハ吹奏楽団はこういった作曲家に作品を委嘱してはいけないと思う。 他の社会人バンドがやっていることの後塵を拝してはいけないと思う。それは30年以上連綿と背負ってきた「使命」の放棄である。その「使命」の重みを考えているんだろうか?

第18回音の輪コンサート

第1部

  • 音楽祭のプレリュード(指揮:伊藤透)
  • アルメニアン・ダンス・パートI(指揮:汐澤安彦)

第2部

  • ミスター・ミュージック!(指揮:秋山紀夫)
  • マリンバ・コンチェルティーノ(指揮:百瀬和紀、マリンバ独奏:河野玲子)
  • エル・カミーノ・レアル(指揮:伊藤透)

第3部

  • 弔辞(秋山紀夫)
  • サクソフォン四重奏曲《5つのカメオ》より第4楽章 アリア(サクソフォン・アンサンブルなめら〜か)
  • プロセルピナの庭(指揮:伊藤透)
  • ミュージック・メイカーズ(指揮:伊藤透)
  • 第4交響曲(指揮:伊藤透)

アンコール

  • 主よ、人の望みの喜びよ(指揮:伊藤透)
  • 《第1組曲》よりギャロップ(指揮:汐澤安彦)
  • 星条旗よ永遠なれ(指揮:百瀬和紀)

アルフレッド・リードが亡くなって初めての「音の輪」コンサート。汐澤先生が客演で《アルメニアン・ダンス・パートI》を振られる。しかも同じ曲を積志ウィンドアンサンブルの第25回定期演奏会でも振っていただくので、主催者にチラシの挟み込みをお願いしたところ快諾していただいた。

第1部と第2部の間の休憩時間にちょうど本番を終えて客席に入っている汐澤先生とお会いすることができたので、簡単にご挨拶を。実は前日までなかなか曲が仕上がらなくて大変だったというお話をうかがったのだが、さすがにあのテンポで演奏するのは奏者も大変でしょう …

ロビーではリードゆかりの品々が展示されていた。

ドレスデン日記(その3)

仕事が早く片付いたのでアルテマイスター美術館へ行く。 この美術館でいちばん有名なのは、ラファエロの「システィーナのマドンナ」(の二人の天使)だろう。 ふだん、あまり注目してみることのなかったルーベンス、ヴァンダイク、レンブラントらの作品がまとめて見れたのは収穫だった。また、ここにはフェルメールも2点(「取り持ち女」「窓辺で手紙を読む若い女」)ある。

夕食は元上司と、別の会社から来ている方と一緒に。 この時期はホワイトアスパラの収穫時期にあたるため、どのお店も「アスパラガス料理始めました」という特別メニューを掲げている。

アスパラガスをメインディッシュにするのも何なので、スープを頼んでみた。 裏ごししたスープにホワイトアスパラの輪切りが入っている。 日本で食べるホワイトアスパラはほとんど缶詰なのであるが、これはもちろん生をゆでる。 歯ごたえがあって少し苦味というか酸味がある感じ。 スープの方はほんのり甘いので、この対照的な組み合わせがなかなかよい。

メインはバイエルン風ホワイトソーセージとプレッツェル。 ソーセージは「荒挽き」の対極といった感じで、ものすごく滑らかに挽かれている。 あまりに柔らかいのでなかなかナイフで切ることができない。 香港に「德發牛肉丸」という絶品のミートボール入り麺のお店があるのだが(まだあるのかなあ?)、そこのミートボールに似た歯応え。 マスタードをつけると美味。このマスタードも日本に比べると酸味より甘味が勝っているなあ。

あ、もちろんビールも飲みました。

その後、ホテルの近くにある教会でのオルガンコンサートを見に行く。 この教会もまた空爆で破壊され、今年(2006年)のドレスデン建都800年記念にあわせて修復されたらしい。 そのオルガンのお披露目演奏というわけである。

ドレスデン日記(その2)

時差ボケで早く起きてしまったのでホテルの回りを散歩する。

仕事が終わってから、ドレスデン・バレエの公演を見に行く。 この公演が行われるゼンパーオーパーは由緒ある劇場で、ワーグナーが指揮者として招かれたり、リヒャルト・シュトラウスの主要な歌劇《サロメ》《エレクトラ》《ばらの騎士》などが初演されたりしている。

ドレスデンにおけるこの手の歴史的な建物の宿命である「1945年の空爆によって破壊され」、その後大金をかけて復旧されたそうである。 ロビーといい、客席といい、日本では絶対真似のできない歴史と優雅さを感じる。

この日の演目は、ジョン・ノイマイヤーの振り付けによる20世紀のバレエ作品、《ダフニスとクロエ》(ラヴェル)、《牧神の午後への前奏曲》(ドビュッシー)、《春の祭典》(ストラヴィンスキー)である。 これらの作品が一度に見れるのである。しかも伴奏は生オケ。

《ダフニスとクロエ》は前半と後半が1900年代前半の海岸の避暑地を思わせるようなちょっとレトロな設定。 鮮やかな海とまぶしい太陽をうまく表現しているステージである。 カミュの「異邦人」とか、ダリ&ブニュエルの映画「アンダルシアの犬」の一場面を思い出す。 中間部にあたるクロエが海賊に捕らわれる場面は原作に忠実な古代ギリシャのようなイメージで、それまでの部分と対照的に原始的。しかもかなりエロい。 夜明けの部分に戻ると、実はこれは夢だった ….. というような構成になっている。

《春の祭典》は、やはりベジャールの振り付け版との比較になってしまうのだが、ベジャールよりもさらにプリミティブな感じがする。 全体的に単調な印象。最後の「いけにえの踊り」は群集がいけにえの少女を賛美して高揚する ….. というイメージと思いきや、延々と続く少女のソロで、最後に疲れ果てて息絶える ….. というような構成が斬新だった。 変拍子が続く部分でトランペットが思いっきり間違えたので、どうなることかと思いきや、無事まとまった。 こういうスリルも生オケならでは(笑)。

浜松交響吹奏楽団第33回定期演奏会

なんか、例年に比べるといろいろな意味であっさりしていた演奏会。 演奏者の数もシェイプアップされたようだし、浅田さんのトークも控えめだったし(笑)。

第1部

  • アルフレッド・リード/アルメニアン・ダンス・パートI
  • 星出尚志/丘の上のレイラ
  • 星出尚志/北川木挽歌による幻想曲
  • 八木澤教司/太陽への讃歌 – 大地の鼓動

第2部

  • ポップスいろいろ

第3部

  • 天野正道/交響組曲「ガイア」より第2楽章

八木澤作品はやはりものすごく鳴る。

《丘の上のレイラ》はもっと人数を減らして演奏するべきだったのでは?

天野作品はやはりまとめて聞いてみないと。 少なくとも私は天野さんがプログラムノートで書かれているようなメッセージを音楽から感じ取ることは出来ていない。作曲者が自然言語で書いたメッセージと 音楽に託したメッセージが同じように聞こえるのか?あるいは聞こえるべきなのか?がよくわからない。語法的にはベルトーンのような感じでエコー効果を表現 した賛美歌風のメロディが印象に残った。(これがギョーム・ド・マショーの引用?)

帰り道、例のトンデモ本「人類の月面着陸は無かったろう論」に代表されるアポロ陰謀論に対すると学会のツッコミ本を買う。近所の本屋にはなかったのだが、さすが谷島屋にはあるなあ。

人類の月面着陸はあったんだ論―と学会レポート

その後、ベアード・パパでフォンダン・ショコラを買っているところを団員に見られてしまった ….. いいじゃねーかよ、うちの近くのお店ではシュークリームしか売っていないんだから(笑)。

第9回響宴などなど

第9回響宴を聞きに池袋へ。

その前に巣鴨のCDショップに取り置きをお願いしていた「豊島の響」3点セットを引き取りに行く。統廃合により「豊島区立第十中学校」がなくなってしまったことや、指導者であった酒井正幸さんが喜寿を迎えたということで、豊島十中吹奏楽部の活動をまとめたものである。3点セットというのは、

  • 3枚組CD
  • 記念誌
  • DVD

である。様々な音源を集めたCDは一般的な吹奏楽モノとしての資料価値は高いが、記念誌やDVDは当事者の記録としての意味合いの方が強い。しかし近藤久敦さんがOB(しかも当時はホルンではなくトランペット)だったとは知らなかった。日経エンターテイメントの発行人である品田英雄さんがOBというのも意外。

その後、池袋に着いたところでミッテンヴァルトへ。ホームページを見ると、また移転していた(苦笑)。まあ、前のお店より芸術劇場に近くなったし、わかりやすい場所になったし、それは歓迎すべきことである。地図で指し示されている雑居ビルを見上げると、窓ガラスを通してCDラックらしきものが見えた。間違いない。

今回は店長さんが店にいた。初めてこのお店を訪れたときにも、店長さんから試されるような質問があって身構えてしまったのだが、今回も来た。邦人作品のCDが並べられている棚を見ていると、いきなり「大木、入りましたよ。」と来た。これは、もちろん NAXOS から出ている「日本作曲家選輯」シリーズの「大木正夫:交響曲第5番」のことである。

「これ、確か発売が延期されたんですよね?」と答えると、「そう、解説が遅れたんだって。」という返事が返ってくる。

とりあえず第一関門を突破したらしく、ミッテンヴァルトが制作したCDの説明や、今後リリースされるCDの案内をいろいろしてくれる。やはり、伊福部さんの追悼アルバムも作るらしい。とりあえず今回はウェブで下調べして興味を持った「中野稔 ヴァイオリンとピアノのための作品 第1集」を購入することにした。

「あれ?大木はいいの?」と聞かれたのだが(笑)、近くのCDショップに予約してあるので …

*****

さて、響宴。都合により前半の3団体しか聞けなかったが、今年も昨年と同じように面白い作品を聞くことができた。数年前に比べて意識的に多様な作風の作品が取り上げられているせいかも知れない。この「響宴」自体がだんだんいい方向へ向かってきているように思える。
というわけで、協賛会員になりましたとも。

《「かごめかごめ」の主題による幻想曲》(露木正登)は17人編成のために書かれている。以下のようにシンメトリカルな配置で演奏された。

Perc       Timp         Perc
 Tuba      Contrabass
 Hr Hr     Tb Tb      Tp Tp
 Cl Cl     Fl Fl      Sax Sax

譜面の難易度はそんなに高くなさそうだったが、吹奏楽的なマインドから脱却しないとちゃんとした演奏はできなさそう。ときどき三善晃を思わせる響きが聞こえる。

《吹奏楽のための「風の身振り」》(金井勇)は、同じ作者の今年の課題曲と同じように緻密なオーケストレーション。クロテイル、ピアノ、ハープ、木管の高音域を使った硬質な音色が印象に残る。

《相授譚》(長生淳)。この人の作品を聞くといつも感じるのだが、リヒャルト・シュトラウスなどを思わせる芳醇な響きがする。ただ、全曲を通して「鳴り過ぎている」感じがするので聞き通すのがちょっとしんどい。

《あのときすきになったよ》(飯島俊成)は同名の絵本から題材を得た吹奏楽とナレーションのための作品。ちなみに原作はこちら。

吹奏楽界では数年前に話題になった《窓際のトットちゃん》と同じような構成である。音楽はあまりでしゃばらずにナレーションを支えているという感じ。とはいえ、音量的にはナレーションを消してしまう部分もあった。私が座っていた席のせいかも知れないけど録音では大丈夫だったのかな?こういう子供の視点ならではの、残酷でいて、なおかつあまりにも純真な描写には涙腺が緩む。

… というわけで、いちばん楽しみにしていた、神奈川大学による NAPP さんの《科戸の鵲巣》は残念ながら聞けず …

NAPP さんといえば、ガレリアウインドオーケストラの第4回定期演奏会はすごい内容。ぜひ聞きに行きたいものだ。

*****

展示ブースでは、例によって久しぶりにお会いする知己の方々と挨拶やら近況報告やら。(そういえば5月にはバンド・クリニックでまたお会いすることになるのかな?)買いそびれていたゲイブリエル/アメリカ空軍バンドの復刻CDや、デ=ハスケの邦人作品集第2弾などを買う。

ゲルギエフ

ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団の演奏会を聞きに行く。

2006年1月31日 アクトシティ浜松大ホール

  • チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」より
  • チャイコフスキー/交響曲第5番

アンコール

  • チャイコフスキー/バレエ音楽「眠りの森の美女」より終曲(らしい)
  • チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」よりトレパーク

わりと小さ目の編成(弦は 7-5-5-4-3 くらい?)なのだが、チャイコフスキーだとこのくらいが適当なのだろうか? 厚ぼったい響きを予想していたのであるが、かなりすっきりした響きだった。 音楽の作りも意外に端正。

各管楽器奏者は非常に密度の高い音である。 第5番でアシなしってのは凄い。トランペットはわざわざアンコールで一人追加するんだったらアシをつけておけばいいのに ….. とか思ったのだが、これはポリシーなのだろう。

「くるみ割り人形」はよく聞かれる組曲版ではなく全曲版からの抜粋。 確か、数年前にヤマハ吹奏楽団もポップスコンサートで同じような試みをやっていた。 ということで、ほとんど聞いたことがない曲ばかりが並んでいるのだが、曲の作り方がうまいので面白く聞ける。

浜松公演は日本公演の最終日だったので、アンコールはかなり無礼講モード。 最後の《トレパーク》では、ゲルちゃんはさっさとステージ袖に引っ込んでしまうし、最後は(指揮者なしで)怒涛のアッチェレランド。 演奏が終わったあとに演奏者同士で握手をし始めるのも、いかにも最終日という感じでリラックスした雰囲気。こういうのもいい。

前日の鹿児島(!いつどうやって鹿児島から浜松まで移動したんだろう)ではあまり出来がよくなかったという書き込みを見たが、浜松ではそんなことはなかった。 チャイコの第5番なんかはもうこのコンビで手垢がつくくらい演奏しているのだろう、そういう意味で安心して音楽に浸ることはできたのだが、逆にいうとスリリングな展開がなかったのがちょっと物足りない気もする。

坂本龍一コンサート@愛知県芸術劇場大ホール

坂本龍一さんのピアノソロコンサートを聞くために雪の名古屋へ。 ライトアップされたテレビ塔がなかなか綺麗である。

以下セットリスト。今回はツアーパンフがなかったので閉演後にロビーに張り出されていた。

  • Asience
  • Amore
  • Seven Samurai
  • Undercooled
  • Fountain
  • Chanson
  • Bibo no Aozora
  • Energy Flow
  • Shining Boy & Little Randy
  • A Flower is not a Flower
  • Merry Christmas Mr.Lawrence
  • The Last Emperor
  • Tibetan Dance
  • Riot in Lagos
  • +33
  • Happy End
  • Thousand Knives
  • Aqua

正直、教授のピアノソロということで一抹の不安がないわけではなかったのだが、漏れ聞く話によるとかなり弾き込んでいたそうである。でも、やっぱり 生はよい。夏のバンドでのツアーや、最近のアルバム「/04」や「/05」に比べるとはるかに繊細なニュアンス。PA の感じもとてもよかった。夏のバンドツアーと同じ女性のエンジニアだったらしい。

前半はわりとおとなしい曲が続く。オリジナルでは韓国人ラッパーをフィーチャーしていた《Undercooled》もピアノソロになるとかなり趣きが違う。《ラスト・エンペラー》が前半のハイライトか。かなり熱のこもった演奏だった。

それ以降はあらかじめ録音した自分の演奏との「一人デュエット」。 (でも、もう一台のピアノは2〜3人分くらいを担当していたような …..) このあたりはテンポも速いしリズムもある曲なのでガツンと来る。

多重録音の極みとも言えるミニマルな《+33》(8台のピアノを想定して書いたとか。ルイ・ヴィトンの100周年のために書いた曲です。)も生だと音圧がよい。

《Happy End》と《Thousand Knives》はアンコール。夏に行ったバンドでのツアーライブを思い出して何かジーンと来てしまった。

最後はそのままの勢いで来るかと思ったら、しんみりと《Aqua》で。 コンサート前に食事をしながら「今日、教授が《Aqua》を演奏したら泣くからね。」と言っていたのだが、まさかオーラスでやるとは。

倫敦(ロンドン)日記その5

最終日の仕事も無事終わり、無計画に最後の用事を済ます。

この日のお昼くらいまでは、まずオックスフォード・ストリートやリージェント・ストリートあたりに行って適当に買い物をしようと思っていたのであるが、ふと、ロンドンといえばブージー&ホークスがあるということに気がついた。

会社で住所を検索したり地図をプリントアウトしたりして準備していたのだが、結局たどり着くことができなかった。オックスフォード・ストリートの一本北にあるウィグモア・ストリートに面していたらしいのだが、よくわからなかった。

これは断念して、その後「マークス&スペンサー」でお買い物。 ここは日本で言えばイオンみたいな位置付けになるのだろうか。 自社ブランドで開発した比較的手頃な価格の食品や衣料などを売っている。

息子のために帽子やオーバーコートを買い、妻のためにマーマレードやクローテッドクリームを買う。(クローテッドクリームはジャムと一緒にスコーン に塗って食べると美味)それから、先日現地社員(イギリス人)に教えてもらったマルドワイン(Mulled Wine)を1本買ってみた。

この時点で午後7時20分。この後で行こうと思っていたハロッズ(有名なデパートですね)やハムレイズ(有名なおもちゃ屋ですね)は8時閉店なのでたぶん行けない。 事前にチェックしていたロンドン交響楽団のコンサートも8時からバービカンセンターなのでたぶん間に合わない。

せっかくなのでショーとかミュージカルとかを見て行きたいと思って考えてみたところ(こんな土壇場になって考えるなよ)、ふと「STOMP」が頭に浮かんだ。 ホテルにあった無料ガイドを取り出して調べてみると、開演は午後8時から、今いるオックスフォード・ストリートから地下鉄で比較的近くにあるチャリング・クロスという駅が会場(ヴォードビル・シアター)の最寄り駅らしい。

ということで、とりあえずチャリング・クロス駅に行ってみることにした。 この時点で午後7時30分。

チャリング・クロス駅にある地図を見れば会場の位置がわかるのではないかと思っていたのだが、載っていない。 地下鉄の職員さんに聞いてみたところ「ストランドに沿って行け」とのこと。 いろいろなことを説明されてもわからなかったらどうしようと思っていたのだが、意外とシンプルな回答だった。 こんなんで本当にたどり着けるのかと思いながらも標識で示されているストランド通りを歩いていくと、かなり向こうに「STOMP」のネオンサインが見えた。

会場到着。この時点で7時45分。仕事で使っていたノートPC(これがまた重いんだ)が入ったバッグやさっきの買い物の袋などをクロークに預ける。ふうん、お金取るのね(アイテム一つにつき50ペンス)。何とか間に合った。

以前、NANTA(漢字で書くと「乱打」らしい)という韓国の打楽器パフォーマンスを見たことがあるのだが、STOMPも似たような感じである。た だ、こちらの方がアイデアでは勝っているかな?デッキブラシでリズムを刻むパフォーマンスはもうかなり有名になっているが、他にもマッチ箱、ライター、ゴ ムパイプ(これだと長さや太さによってかなりはっきりした音程が出せる)、馬鹿でかいペットボトルなどいろいろなアイテムを打楽器にしている。

隣りに座ったおばちゃんがかなりノリがいい人で、パフォーマンスごとに大きな声を上げて盛り上げていた。この人だけではなく全体的にお客さんの反応が大きい。 浜松で「ブラスト!」を見たときに感じたことだけど、パフォーマーを盛り上げるための観客の反応(多少オーバーでもいいから)があると、パフォーマーと観客が「一緒に楽しんでいる」という雰囲気になる。

この日は世界エイズデー。終演後、パフォーマーがロビーに出て寄付を募っていた。

披露宴での演奏

うちの吹奏楽団の団員同士の結婚披露宴というかパーティーでの演奏。

  • サンダーバード
  • ムーン・リバー
  • ホール・ニュー・ワールド
  • ウィー・アー・オール・アローン
  • オーメンズ・オブ・ラブ

今回も練習時間が少なかったわりには、ひとまず合格点という感じの演奏。

さすがにこれだけ立て続けに演奏機会があると、要領がよくなるというか、演奏におけるツボがわかってきて、少ない練習なりの演奏表現ができるように なってきているように思える。これでシーズンオフ(とはいっても来年になるとすぐに次回の定期演奏会の準備が始まるのでごく短いシーズンオフではあるが) になると、もとに戻ってしまわないかちょっと心配なのではあるが。

夜は通常練習。 演奏機会はまだまだ続く。次の本番は11月19日の「積志公民館まつり」である。

氷川きよしの《きよしのズンドコ節》を合奏で取り上げた。 吹き方が上品過ぎるので「もっと汚い音を出してください」という指示を出したら、わりとイメージに近い音が出てきた。一皮剥けつつあるのかな?

吹奏楽やクラシックの演奏の仕方と、ジャズやロックや歌謡曲での演奏の仕方は基本的にはまったく別物であると考えた方がいい。(あ、別に二元論に限定 して語ろうとしているわけではないので …..)時には一方でタブーとされている演奏法が他方では定石となっている場合もあるのだ。

例えば、吹奏楽やクラシックでは音の最後に響きを残すことが当たり前と思われているところがあるが、ポップスなどでこれをやるとかっこ悪い場合もある。ゲートエコーみたいにむりやり残響を叩き切るような吹き方が必要な場合もあるのだ。

あとは、これを全体で統一する必要がある。あるパート(演奏者)が適切な演奏法を取っていても別の奏者が別の奏法を取っていると全く意味がなくなってくるのである。

というわけで、うちのバンドがポップスが苦手だと言われているのは、こういうドグマのせいかも知れないなあ …..

練習からの帰り。カーラジオで「ようこそ夢街名曲堂へ!」を聞く。 以前、ティファナ・ブラスを特集していたときにも偶然聞いていたのであるが、なかなか渋いところを突いた視点がよい番組である。

今日のテーマは「ビートルズ・カヴァー特集」。聞いていたところでちょうどかかったのがニルソンの《You Can’t Do That》。これ、凄いわ。曲の枠組は確かに《You Can’t Do That》なのだが、そこに他のビートルズ・ナンバーが散りばめられている。これが1967年に発表されているというのは信じ難い。だって、引用されてい る《Strawberry Fields Forever》はその年に発表されているんだもの。

フォー・キング・カズンズの《Good Day Sunshine》もオリジナルよりコーラスワークが面白い。