‘演奏会’ カテゴリーのアーカイブ

Summertime: “Vive la France!”
Sonntag 4. Juli 2010, 11:00 Uhr
Dirigentin: Simone Young
Klavier: Di Wu
PROGRAMM
Paul Dukas: Der Zauberlehrling
Darius Milhaud: aus »Suite française«
Hector Berlioz: Königliche Jagd und Sturm aus »Les Troyens«
Camille Saint-Saëns: »Africa«, Fantasie für Klavier und Orchester op. 89
Camille Saint-Saëns: Danse macabre
Gabriel Fauré: aus »Pelleas et Mélisande«
Henri Duparc: Aux Étoiles
Claude Debussy: L’Isle joyeuse
Erik Satie: Nr. 3 aus [...]

2010 年 7 月 4 日 19:59 | コメントはありません
カテゴリー: 演奏会

さて、今シーズンのハンブルク・フィルの定期公演も最終回となってしまいました。どこのオーケストラもそうですが、7月と8月は夏休みに入り、9月からまた新しいシーズンが始まります。
10. Philharmonisches Konzert / Drums and Dreams
Martin Grubinger, Manuel Hofstätter Schlagwerk
Dirigent Pietari Inkinen
Dmitri Schostakowitsch: Festouverture op. 96
Avner Dorman: “Spices, Perfumes, Toxins!” für Percussion-Duo und Orchester
Nikolai Rimski-Korsakow: Scheherazade / Suite symphonique op. 35
(おそらく吹奏楽編成の方が原曲の管弦楽編成よりもずっと演奏回数が多いであろう)ショスタコーヴィチの《祝典序曲》、イスラエル生まれの35歳の作曲家アヴナー・ドーマンの作品で2人の打楽器奏者をフィーチャーした《スパイス、香料、毒!》、それからリムスキー=コルサコフの交響組曲《シェエラザード》というプログラムです。全般的な印象としては、ドーマンの作品に時間をかけたのか、ショスタコーヴィチとリムスキー=コルサコフはあまり練られていない演奏でした。
ドーマンの打楽器協奏曲は、タイトルから想像するに難解な現代曲を想像していたのですが、とてもわかりやすくて楽しめました。明確な調性感、少しミニマルっぽい雰囲気もある鍵盤打楽器のパルスによるオスティナート、といった作風は吉松隆さんの初期の作品(というか最近の作品はちゃんと聞いていないのでコメントできませんが …)を彷彿させます。曲は急―緩-急の3楽章構成、第1楽章はアラブというか中東のスケールが使われており、2人の奏者が変拍子の中でシロフォンとマリンバ、それからドラムセットを演奏します。第1楽章は以下の作曲者のホームページで聞けます。
http://dormanavner.com/music/orchestra/spices.php
第2楽章はロドリーゴの《アランフェス協奏曲》のような雰囲気で、これはヴィブラフォンとマリンバが活躍します。第3楽章はドラム中心の激しい楽章。席のせいか、2人のソリストの音にかき消されてバックのオーケストラはほとんど聞こえませんでした。ちょっと残念。
打楽器奏者が2人いるのですが、2人の掛け合いよりはユニゾンに力点が置かれているように思いました。細かいドラムセットのパターンでときおり「おかず」に入るシンバルなどが2人でピッタリ合うとかっこよいです。
アンコールでは、それぞれにスネアドラムでの妙技を披露。石川直さんとかがよくやるやつですね。ロールをやりながらスティックを放り投げたり、片方の手を背中から回してロールをしたり。アンコール2曲目では一転して鍵盤打楽器のデュオによる《ペール・ギュント》から《オーゼの死》(だっけ?)。鍵盤打楽器のロールで「ここまでできるか」というくらいの最弱音で演奏していました。すごい。
で、後半。実は《シェエラザード》はあまり好きな曲ではないのです。各楽章で登場する旋律は確かにどれも美しいのですが、ただそれだけかな、という気がします。それらの旋律の展開の仕方が優等生的というか、聞いてて飽きてきてしまうというか。それならそれで、毎夜繰り返されるおとぎ話のように、全編を通してたゆたうような流れを作るというアプローチもありかな、と考えていたのですが …
やはり繰り返されるそれぞれの楽想がうまくつながらないと、音楽がぶつ切りになってしまいます。特に第2楽章はいろいろな楽器がソロをとるわけなのですが、それぞれのソロのメロディの奏で方はもう少し統一させた方がよかったのではないかと思いました。あとで現れるトゥッティも含めて同じ旋律が現れるたびに違う表情を見せてしまうと、ちぐはぐな印象がぬぐえません。
全編のカギを握るヴァイオリンのソロも全般的にせわしなかった(もっと落ち着いて優雅に弾いて欲しい)のと、若干のピッチの不安定さがあったのが惜しかったです。

2010 年 6 月 21 日 23:47 | コメントはありません
カテゴリー: 演奏会
タグ:

9. Philharmonisches Konzert
Mon, 20:00 / Laeiszhalle / Großer Saal
Philharmoniker Hamburg
Deborah Polaski Sopran
Dirigentin Karen Kamensek
Sergej Rachmaninow: Die Toteninsel / Symphonische Dichtung op. 29
Arnold Schönberg: Sechs Orchesterlieder op. 8
Peter I. Tschaikowsky: Symphonie Nr. 5 e-moll op. 64
全然予習する暇がなくて臨んだハンブルク・フィルの第9回定期公演だったが、期待以上に楽しめた。プログラムはラフマニノフの《死の島》、シェーンベルクの《6つの管弦楽歌曲》、それからチャイコフスキーの交響曲第5番だった。
指揮者のカレン・カメンセクは1970年アメリカ生まれの女性指揮者。2000年ごろからドイツやオーストリアの主に歌劇場で活躍していて、ハンブルク歌劇場でも何度か振っているようである。レパートリーを見ると比較的現代ものが多い。
とにかく、この指揮者のオーケストラコントロールのうまさに惚れ惚れしてしまった。指揮法の的確さと、全体を見据えた構成力のバランスがとてもいい。ハンブルク歌劇場でも指揮経験があるということなので、このオーケストラとの付き合いも長いのだと思うが(ハンブルク・フィルはハンブルク歌劇場での演奏も担当している)、「オーケストラからこういう音を引き出したい」という明確な意思がある棒と、それに応えるオーケストラ、という構図がとても説得力のある演奏を生み出したように思える。
細かいところまで逐一コントロールしようとする姿勢はチャイコフスキーの交響曲のようなある意味大ざっぱな作品だと聴衆に息苦しさを感じさせる懸念もあるし、時としてその精密さがあざとさに聞こえてしまう可能性もあるが、まあこれも個性のうちなのだろう。いままであまり魅力的に思えなかったチャイコフスキーの交響曲第5番をここまで感動的に聞かせてくれたことがいちばんの収穫だったかも。

2010 年 5 月 31 日 10:05 | コメント 2 件
カテゴリー: 演奏会
タグ:

8. Philharmonisches Konzert
Joseph Haydn – Sinfonie G-Dur Hob. 1:100 “Militär-Sinfonie”
Mauricio Kagel – Zehn Märsche, um den Sieg zu verfehlen
Richard Strauss – Ein Heldenleben op. 40
Sonntag 18. April 2010, 11:00 Uhr
Dirigentin: Simone Young
本来、行けるはずのなかったハンブルク・フィルの今シーズン8回目の定期公演なのですが、図らずも聞きに行くことができました。
ハイドンの交響曲第100番《軍隊》、カーゲルの《勝ちそこないのための10の行進曲》、リヒャルト・シュトラウスの《英雄の生涯》というプログラムで、テーマは「戦い」ですかね?
前半はハイドンの交響曲とカーゲルの行進曲が交互に配置されるという構成でした。カーゲルの行進曲はご存知の方はご存知かと思いますが、弦楽器を一切使わない、いわば吹奏楽曲です。そういえばハンブルク・フィルとメッツマッハーのコンビがやっていた「20世紀音楽なんか怖くない」シリーズでも取り上げられていました。タイトルからもわかるように少々諧謔的な作品で、ハイドンの交響曲の雰囲気に見事に「水を差していた」と思います。まず、トランペット奏者がファンファーレを演奏しながら入場したり、フルート奏者とクラリネット奏者がステージを歩き回りながら演奏したり、ピッコロ奏者が退場してしまったり、視覚的な要素もある作品です。
ハイドンの方は、第1楽章でヤングの指揮に演奏者がついていけないところがあって、少々ぎくしゃくした感じで始まりましたが、徐々に修正されてきたと思います。ちょっともっさりした重めの響きがヤングっぽかったかな。
《英雄の生涯》はかなり人数も増えていますので響きも充実するのですが、強奏の部分でバランス的にトランペットや打楽器が突出してしまうところが気になりました。いわゆる「流している部分」の自然な響きの方が今日はよかったかなあ。「英雄の戦場」のテンポはかなり早め。リファレンスにしていたケンペ/シュターツカペレ・ドレスデンの演奏も早めだと思うのですが、それ以上に前のめりのテンポです。上記のようなバランスの不具合による荒さはありましたが、このアグレッシヴさはよかったと思います。
あとは必死に睡魔と戦っていました …
*****
ちょっと前に郵送でハンブルク・フィルの来シーズンの案内が来ていましたが、どこのオケも来シーズンのお客さん獲得の動きが出てきたようです。ハンブルク交響楽団のパンフレットがありました。メシアンの《峡谷から星たちへ》とか、ブラームスのピアノ協奏曲第1番と RVW の交響曲第5番を組み合わせたプログラムとか、このオケの選曲も個性的です。
それから、いよいよ2011年の3月と4月(ほぼ1年後ですが)にハンブルク歌劇場による《ニーベルンクの指環》の連続上演があります。どちらは聞きに行きたいのですが、まずは妻との交渉と、フランクフルト・ムジークメッセとの兼ね合いの調整だなあ …
*****
昼食は久しぶりに「EDEL CURRY」のカリーブルストを。電車で行ったので今日はビールを飲むことができました。早く家族と一緒にこのお店に来たいんですけどね。

2010 年 4 月 18 日 18:53 | コメントはありません
カテゴリー: 日記, 演奏会

(演奏会その38 が欠番になってしまっていますが、これはウィーン国立歌劇場の《ラインの黄金》(ワーグナー)になります。いつ書けるんだろう …)
オーケストラの演奏会が行われるライスハレよりも、オペラやバレエが行われるハンブルク歌劇場の方が少しドレスコードが高いような気がするので、歌劇場に行く時はいつも一旦アパートに戻って着替えてから電車で行っていました。これからはさすがにそういうわけにもいかないので会社から直接車で。そんなわけで歌劇場近くの駐車スペースをよく知らないのでライスハレ近くの中央分離帯に車を停めました。
Ballette von John Neumeier
Daphnis und Chloë / Der Nachmittag eines Fauns / Le Sacre
6. April 2010 19:30 Uhr
MUSIK:
Maurice Ravel (Daphnis et Chloé)
Claude Debussy (Prélude à l’Apres-midi d’un faune)
Igor Strawinsky (Le Sacre du Printemps)
ということで「独身生活」最後のコンサートになってしまいました。ハンブルク・バレエの公演で、《ダフニスとクロエ》(ラヴェル)、《牧神の午後への前奏曲》(ドビュッシー)、《春の祭典》(ストラヴィンスキー)という、20世紀初頭の重要作品ばかりを集めたプロダクションです。
実は、ジョン・ノイマイヤーの振り付けによるこれらのプロダクションは、ちょうど4年前にドレスデンに出張した時にドレスデン・バレエで見ることができました。
《ダフニスとクロエ》は前回見た時の印象とは大きく変わりません。ただ、吹奏楽的な観点だと「夜明け」と「全員の踊り」にはさまれて、いまいち地味な印象のある「パントマイム(無言劇)」が実はこのバレエのクライマックスであることを再認識しました。
《春の祭典》は1970年代に作られたというノイマイヤーの初期のプロダクション。バレエの柔らかい動きの美しさとは対極にある踊りで、誰もが人間工学的に無理があるようなぎこちない動きをします。舞台セットは何もなし、ダンサーの衣装も最小限のものです。例えばベジャールの振り付けは人間としての原初的/根源的な動き(まあ、ありていに言ってしまうとセックスなんでしょうなあ …)を示していてわかりやすかったのですが、ノイマイヤーの振り付けはさらに突き進んで、ひたすら非人間的な、無機的なものを志向しているように思えました。まあ、「こういうのもありかなあ?」と思いつつ見ていたのですが、面白いかと言われると …
*****
備忘。
息子のための「こどもちゃれんじ」(なんと海外でも受講できるんですねえ)と、日本語衛星放送 JSTV の申込書を送付。
申込書が PDF ファイルで送られてきたので、それをプリントアウトして、必要事項を記入して、スキャンして再度 PDF にして、それをメールに添付して返送するというパターン。前に住んでいた方が置いていって下さった多機能プリンターが大活躍でした。

2010 年 4 月 6 日 23:26 | コメントはありません
カテゴリー: クラシック, 日記, 演奏会
タグ:

Pierre Boulez dirigiert Werke des 20. Jahrhunderts

Konzert der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Datum: 2010-03-19, 19:30
Ort: Musikverein, Großer Saal (Wien, Österreich)
Dirigent: Pierre Boulez
Steve Davislim, Tenor
Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Karol Szymanowski: Symphonie Nr. 3, op. 27, “Das Lied von der Nacht”
Claude Debussy: “Jeux”. Poéme dansé für Orchester
Pierre Boulez: Notations (I, VII,IV,III,II)
「ブーレーズ、20世紀作品を振る」と題された特別演奏会です。ポーランドの作曲家シマノフスキの交響曲第3番《夜の歌》、ドビュッシーの管弦楽のための舞踏詩《遊戯》、そしてブーレーズ自作自演の《ノタシオン》です。
今回の演奏会は3月26日に誕生日を迎えるブーレーズの85歳の誕生日(1925年生まれ)を祝うという意味合いもあるようです。楽譜出版社の Universal Edition の広告が貼られていました。

さて、私の席ですがこんな感じでした。前から10列目、中央エリアの右から10番目、ほとんど真っ正面です。

《夜の歌》は期待通り(予想通り)繊細な響きが楽しめました。月曜日にハンブルク・フィルで聞いたシモーネ・ヤングの指揮がかなりドイツ的というか重厚な雰囲気だったのに対して、ブーレーズはやはり細かい動きを明確に聞かせるような感じです。あえて言うと細かい動きに拘泥するあまりに、曲全体としてのダイナミズムが停滞してしまうのかなあ、という懸念もありました。まあ、この特徴は1990年代以降のブーレーズのアプローチの諸刃の剣なのではないかと思っているのですが。
ドビュッシーの《遊戯》は、そのスタティックさがちょっと苦手(率直に言うと退屈)な作品だったのですが、今回の演奏はカットアップ的な音楽の変化が面白く聞けたように思います。こういうのは(上記の懸念とはまさに表裏一体なのですが)安易に曲の雰囲気に流されないブーレーズのアプローチの優れたところなのではないかと思ったしだいです。
《ノタシオン》はいわゆる「ワークス・イン・プログレス(進行中の作品)」。まずIからIVが書かれ、後年にVIIが書かれました。演奏する順番を演奏者が任意に決めてよい、という作品だったように記憶しています。本番の演奏直前に上記のような順番(I→VII→IV→III→II) に演奏されることが会場に説明されました。この並びだと大まかには「急―緩―急―緩―急」というテンポになります。特にIVやIIは細かい音符が速いテンポの変拍子の中でかけめぐる作品で、これが決まるとかなりかっこいいのですが、IIの後半からずれが気になってしまったのがちょっと残念でした。
しかし、ブーレーズはもうすぐ85歳とは思えない元気な指揮ぶりです。ビデオなどでは何度も見ていますが、曖昧さがなく無駄を排した指揮はとても美しいです。ご存知の方も多いと思いますが、ブーレーズは指揮棒を持ちません。それでいて鋭い打点がちゃんと打てるあたり、まだまだ長生きしそうです(笑)。
ウィーンフィルの音も、ハンブルクのライスハレで聞いた時のような過剰な音圧による息苦しさはほとんど感じられず、ホール中に綺麗に響きます。そして決して飽和しません。
念願だった、ムジークフェラインザールでウィーンフィルを聞く、という夢は達成されたわけですが、何と言うか麻薬的快感ですね(笑)。何度でも足を運びたいです。今度はマーラーの交響曲とかを聞けるとうれしいなあ。

2010 年 3 月 19 日 23:23 | コメント 2 件
カテゴリー: 演奏会
タグ:

朝から不測の事態が続いて大変な一日でしたが、まあ何とか夕方までには収束させることができて無事演奏会へ。
7. Philharmonisches Konzert
Wolfgang Amadeus Mozart – Serenade G-Dur KV 525 “Eine kleine Nachtmusik”
Arnold Schönberg – Verklärte Nacht op. 4
Claude Debussy – Nocturnes
Karol Szymanowski – Sinfonie Nr. 3 op. 27 (Das Lied der Nacht) für Tenor, Chor und Orchester
Montag 15. März 2010, 20:00 Uhr
Dirigentin: Simone Young
Tenor: Stig Andersen
Chor: Tschechischer Philharmonischer Chor Brno
ハンブルク・フィルの今シーズン第7回目の定期演奏会です。わかりやすくテーマは「夜」。モーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク(直訳すると小夜曲)》、シェーンベルクの《浄められた夜》、ドビュッシーの《夜想曲》、シマノフスキの交響曲第3番《夜の歌》というプログラムでした。
プログラムが進むにつれて、だんだんステージ上の演奏者の人数が増えていくのが面白かったです。
《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は小さめの弦楽合奏、それにさらに弦楽器が加わって《浄められた夜》は大規模な弦楽合奏、休憩後はそこに管楽器とハープと女声合唱が加わって《夜想曲》、最後はさらなる管楽器、オルガン、男声合唱、テノール独唱が加わって《夜の歌》となりました。
演奏の方は、最初の3曲があまりぱっとしませんでした。曲の作り込みが足りずに「手癖で何とかしてみました」といった感じの演奏。先週の歌劇場の初演などがあって、これらの曲への時間が足りなかったのかな?とも邪知してみたくなります。(ハンブルク・フィルはハンブルク歌劇場の伴奏も担当しているので)
《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は意図的かどうかわかりませんが、各音のアタックを柔らかめにして真ん中をふくらませるようなサウンドの作り方でした。音の重なりは聞き取りやすくなると思うのですが、軽快さは失われてしまいます。私は軽快な溌剌としたサウンドを期待していたのですが …
《浄められた夜》は前半こそ大規模な編成ならではの彫りの深さ、例えばソロイスティックな部分と全合奏の部分の対照や少々誇張されたアゴーギクなど、が劇的でよかったのですが、曲の作り方というかアプローチが一本調子だったように思います。後半の長調が支配的になってくるあたりではちょっと辟易してきました。
《夜想曲》は編成的にも曲調的にもわかりやすいので上記の2曲よりは聞いていて面白く感じました。金管はいまいちでしたが全編を通して木管のソロが安心して聴けました。最終曲の「シレーヌ」はもう少し落ち着いて厳かな鳴りの方がよかったのではないかと思います。
で、やはりシモーネ・ヤングにはシマノフスキの《夜の歌》のような重厚な作品の方が合っているように思いました。(席のせいもあるかも知れませんが …)オケが飽和したようなサウンドで線的な動きが聞き取りにくい箇所もありましたが、この曲の雰囲気ではあまり違和感はありません。少々病的な雰囲気のある曲調にヤングが作り出すマッシヴな響きはよく合います。プログラムにはマーラーの《大地の歌》やツェムリンスキーの《叙情交響曲》に影響を受けたと書かれていましたが、個人的にはスクリャービンやシェーンベルクの《グレの歌》あたりとの距離の方が近いのではないかと感じます。
(余談ですが、この曲はカンタータ風の両端楽章と、それらにはさまれたスケルツォ的な楽章が切れ目なく演奏されます。このスケルツォ楽章のモチーフの一つが《ミシシッピ組曲》(グロフェ)の「ハックルベリー・フィン」に似ています。「アメリカ横断ウルトラクイズ」の勝ち抜けの音楽で使われていたのですが。)
一週間以内に同じ曲を別々のオケで聞く機会というのもなかなかないと思うのですが、今週の金曜日はウィーンフィルの演奏でこの《夜の歌》を聞きます。ウィーンフィルの密度の高い音色はこの作品に合っていると思うので楽しみです。

2010 年 3 月 15 日 21:12 | コメントはありません
カテゴリー: 演奏会

Arnold Schönberg “Erwartung” Op.17
Oscar Strasnoy “Le Bal”
Wolfgang Rihm “Das Gehege”
久しぶりのハンブルク歌劇場です。
アルノルト・シェーンベルクのモノドラマ《期待》、ハンブルク歌劇場の委嘱作品であるオスカー・ストラスノイの《舞踏会》、ヴォルフガング・リームのこれまたモノドラマ《檻》という、女性を主人公とした3つのオペラが一挙に上演されました。アルゼンチン生まれのフランス人作曲家オスカー・ストラスノイ(1970年生まれ)に委嘱した作品にあわせて、20世紀のオペラ2作を上演する、といった形です。
《期待》と《檻》は「モノドラマ」というだけあって登場人物は一人だけです。今回の上演では演出の関係で歌わない登場人物も何人か舞台に登場しますが、歌うのは主人公の女性だけです。しかし、どちらも夢見が悪くなりそうな題材です。事前にあまり予習できなかったので歌劇場でもらった英語のあらすじを読んだり、表示される字幕(どちらもドイツ語のオペラですがドイツ語の字幕も出ます)をかろうじて追いかけたりしただけですが …
《期待》は、ある女性が自分が殺してしまった恋人に語りかけるというモノローグ。舞台は病院の個室なので錯乱した状態での妄想ととらえることもできるようです。それから、《檻》は、檻の中に住む鷹を挑発して最後には殺してしまうという話。今回の演出では鷹が象徴するものとして男性(当然セリフはありません)が登場します。
実はシェーンベルクの大編成の管弦楽作品はちょっと苦手で、手持ちの《期待》の音源を聞いていてもあまりピンと来ませんでした。でも実演で聞くと細かい音色の操作がわかったりして多少は面白く聞けました。ヴォルフガング・リーム(1952 – )の作品をちゃんと聞くのは初めてのような気がしますが、シェーンベルクのオーケストレーションの新しさに比べると、作品全体の印象としては伝統的というか重厚な感じがします。まあ、シェーンベルクもリームも、いわゆる「表現主義」的な作品の範疇に入ると思うので、いきなりのフォルティシモや歌手の叫び声などがあるわけで、気分的にはとても疲れますね。歌唱は、表現力については(本当に怖かった)《期待》の、声の豊かさについては《檻》の、がよかったです。
《舞踏会》はアウシュヴィッツで殺されたユダヤ人女流作家イレーヌ・ネミロフスキーの同名小説を原作にしたオペラ。出版直後の1931年に早くも映画化されました。主人公は株で成功した(いわゆる成金)カンプ家の娘アントアネット。家が裕福になって居場所がなくなったアントアネットは、両親から託された舞踏会の招待状を投函する気になれず、郵便局へ行く途中で川に捨ててしまいます。それを知らずに豪勢な用意をして客を迎える準備をする両親 … といったストーリーです。近代/現代のオペラというと上記の《期待》や《檻》のように人間の精神を深くえぐった、ある意味ドロドロした題材が多いように思う(のは偏見?)のですが、この《舞踏会》は比較的コミカルな雰囲気でそういったプチブルジョアを揶揄しているように思えます。
最後、壮絶な「ブーイング」対「ブラヴォー」の応酬がありました。ブーイングは歌手やオーケストラではなく指揮者のシモーネ・ヤングへのものだったと思います。ブーイングがあったのが第3部にあたる《檻》の前から始まったので、何に対するブーイングだったのかよく理解ませんでしたし、そもそもブーイングしているのは一人だけだったような気がするのですが。

2010 年 3 月 10 日 09:13 | コメントはありません
カテゴリー: 演奏会
タグ:

(ああ、語りたいことが多すぎて収拾がつかん …)
珍しく、ライスハレで行われた非クラシックのコンサートへ行って来ました。1月に発売されたニューアルバム「オーケストリオン」をひっさげてのパット・メセニーのコンサートです。コンサートの日程は彼のホームページで見ることができますが、まずヨーロッパを回り、それからアメリカ、その後6月頃に日本へ行くようです。
チケットを取るのが遅れたので、あまりいい席ではありませんでした。1階席の後ろの方で2階席のバルコニーの下。ステージは遠いわ、前の人と重なってステージが見えないわ、でいまいちでした。
ちなみにパット・メセニーのシャツは横縞ではなく、かなりシックな感じの単色シャツでした。まあ、どうでもいい話ですが。
「オーケストリオン」についてはかいつまんで説明するのが難しいので、彼のホームページにあるヴィデオを見て下さい。

要するに「ヤマハのディスクラヴィアのように」(と、パット・メセニー自身がMCで言っていました)MIDIでソレノイドをコントロールして、鍵盤を叩いたり、打楽器を叩いたりしているようです。また「ステージ上にはおよそ400個のソレノイドがある」とも言っていました。まあピアノ、ヴィブラフォン、グロッケンなどの鍵盤打楽器のそれぞれの鍵盤に対して1個ずつ割り当てないといけないと思うので、あっという間にそのくらいの数になってしまいますね。
これらの楽器が基本的には伴奏に徹しているのですが、ギターからの出力に合わせてメセニーがこれらの楽器を演奏することもできるようでした。例えばギターとヴィブラフォンのユニゾンなどもできます。
それから、これはオーケストリオンとは直接関係ありませんが、リアルタイムで自分の音を積み重ねていってループを作り、その上でソロを取るという文字通りの「一人バンド」もやっていました。これも文字で説明するのが難しいので以下のヴィデオを参考にして下さい。ジョニ・ミッチェルのライヴのサポートメンバーだった伝説のベーシスト、ジャコ・パストリアスがやっています(1:00 くらいから)。ちなみにパット・メセニーも参加しています。
【ニコニコ動画】Jaco Pastorius ''Slang''
で、今回のツアーの構成は、まずギター・ソロで始まり、3曲目(だったかな?)くらいからオーケストリオンのメンバーである Mr. フィンガー・シンバル(とMCで紹介されていました)が加わり、そこから徐々にオーケストリオンが使われていきます。で、アルバム「オーケストリオン」の収録曲の演奏。
2曲目のソロで使っていたのは「ピカソ・ギター」や「シタール・ギター」に似ていましたが、ネックが一つしかなかったようなので違うギターだったと思います。左手はネックをタッピングしてベースラインを演奏し、右手はギターのボディに張られている弦を演奏します。ボディ側の弦は何十本も張られていますが、何本かで一つのグループになっていて、そのグループが4つくらいボディの周囲に配置されています(ああ、これも文字で説明するのが難しい …)。
それぞれグループごとに特定のスケールにチューニングされているようなので、左で弦を押さえる必要がなく、コードに合わせてそれぞれのグループの弦を弾くことによってある程度コードに沿ったアドリブができます。
ここまでが前半。このあとはメセニーのMCを交えながら「オーケストリオン講座」のような形で進んでいきます。上で書いたようなことをメセニーが口頭で説明して、「あとは実際に聞いてみて下さい」ということで曲を演奏する、という流れです。
アンコールはやはり静かにソロで締めくくられました。トータル約2時間30分。
演奏を聴きながら「なぜメセニーはバンドではなく機械と演奏することを選んだんだろう?」とか「演奏者間のインタラクションの否定?」とか、いろいろなことを考えてみたのですが、よくわかりません。そもそも、最近のメセニーの活動はよく知らないし。ということで、いろいろな記事を読んでみて出した結論は「子供の頃に見て面白そうだった。だから一緒に演奏してみたかった。」ということに尽きるのではないかと考えました。
アルバムを聴いた時に感じたのですが、率直に言って音楽よりもアイデアが先行しているという印象は否めないと思います。とはいえ、これだけの機材を抱えてツアーに出ようという意欲(30年くらい前のYMOのツアーより大変かも)、「楽しくてしょうがない」といった感じのメセニーのMC、これだけの複雑な構成を破綻せずに演奏し切る技術、などには脱帽せざるを得ません。

2010 年 3 月 3 日 10:00 | コメントはありません
カテゴリー: 演奏会
タグ:

ProArte • Wiener Philharmoniker • Lorin Maazel
Fr, 19:30 – ca. 21:30 Uhr / Laeiszhalle / Großer Saal
Wiener Philharmoniker
Dirigent Lorin Maazel
Ludwig van Beethoven: Symphonie Nr. 6 F-Dur op. 68 «Pastorale»
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 3 d-moll
やはり、音の鳴りは他のオケとは別次元です。今まで聞いたオケの中では(何回も書いていますが)シュターツカペレ・ドレスデンの音がとても気に入っているのですが、ウィーンフィルの音はドレスデンの音をぴかぴかに磨き上げて音のエッジを鋭角にしたようなイメージです(どちらがいい悪いと言っているわけではありませんので、念のため)。飛んでくる音も途中で減衰せずにベクトルをしっかり維持しているように聞こえます。管楽器だと「隅々まで息の通った張りのある音」みたいな表現ができるのですが、弦楽器の場合はどう言えばいいのかちょっとわかりません。
指揮者はロリン・マゼール。来月80歳を迎えるようですが、まだまだ元気です。指揮の振りはとても軽いのですが、それでもオケから的確な表情を引き出せるのはさすがだと思いました。そして指揮者用の譜面台が用意されていないことに驚きました。ベートーヴェンの《田園》はともかく、どうやったらブルックナーの交響曲を暗譜できるのでしょう?
そういえば、マゼールの暗譜能力についてこんなエピソードを聞いたことがあります(人から聞いたんだっけ?本で読んだんだっけ?)。マゼールは弟子にスコアを完全に暗記させて、そのあとに「何小節目のこのパートは何を演奏している?」といった質問をするのだそうです。なぜそんなことをするのかというと、マゼールがそれを必要だと思っていて、マゼールにはそれができるから、なのだそうです。
で、演奏の方ですが、まずブルックナーは圧倒的に素晴らしかったです。このオケの隅から隅まで鳴らし切るソノリティはブルックナーの作品にベストマッチだと思います。げっぷが出そうな濃密な音圧に圧倒されました。スコアを見ると金管の編成は4-3-3-0(実はテューバを使っていない)なのですが、それぞれ1本ずつアシを追加していたようです。それにしてもこれだけの中庸な編成でこんなに充実した響きが出てくるとは、ブルックナーのオーケストレーションがすごいのか、ウィーンフィルがすごいのか。
ただ、同じような方法論をベートーヴェンの《田園》に持ち込むと少し違和感を感じます。一言で言うと「過剰」。序盤こそ弱音や細かい部分でも音符がしっかりと聞こえてくることに感心していたのですが、だんだん疲れてきました。例えるならば、極端に解像度の高い映像を見続けた時の疲れみたいなものでしょうか、情報量の多さについていけなかったのかも知れません。
アンコールはブラームスの《ハンガリー舞曲第5番》。《田園》も(いい意味で)このくらい手を抜いてくれればよかったのになあ、と思わせるリラックスした演奏でした。
いろいろなオケを同じホールで聞けると違いがわかって面白いです。良くも悪くもウィーンフィルの個性はワン・アンド・オンリーだと感じました。

2010 年 2 月 26 日 23:20 | コメント 2 件
カテゴリー: 演奏会
タグ:
Page 1 of 1212345»...Last »
TOP