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演奏会その35: ハンブルク歌劇場「女たちの三部作」

Arnold Schönberg “Erwartung” Op.17
Oscar Strasnoy “Le Bal”
Wolfgang Rihm “Das Gehege”

久しぶりのハンブルク歌劇場です。

アルノルト・シェーンベルクのモノドラマ《期待》、ハンブルク歌劇場の委嘱作品であるオスカー・ストラスノイの《舞踏会》、ヴォルフガング・リームのこれまたモノドラマ《檻》という、女性を主人公とした3つのオペラが一挙に上演されました。アルゼンチン生まれのフランス人作曲家オスカー・ストラスノイ(1970年生まれ)に委嘱した作品にあわせて、20世紀のオペラ2作を上演する、といった形です。

《期待》と《檻》は「モノドラマ」というだけあって登場人物は一人だけです。今回の上演では演出の関係で歌わない登場人物も何人か舞台に登場しますが、歌うのは主人公の女性だけです。しかし、どちらも夢見が悪くなりそうな題材です。事前にあまり予習できなかったので歌劇場でもらった英語のあらすじを読んだり、表示される字幕(どちらもドイツ語のオペラですがドイツ語の字幕も出ます)をかろうじて追いかけたりしただけですが …

《期待》は、ある女性が自分が殺してしまった恋人に語りかけるというモノローグ。舞台は病院の個室なので錯乱した状態での妄想ととらえることもできるようです。それから、《檻》は、檻の中に住む鷹を挑発して最後には殺してしまうという話。今回の演出では鷹が象徴するものとして男性(当然セリフはありません)が登場します。

実はシェーンベルクの大編成の管弦楽作品はちょっと苦手で、手持ちの《期待》の音源を聞いていてもあまりピンと来ませんでした。でも実演で聞くと細かい音色の操作がわかったりして多少は面白く聞けました。ヴォルフガング・リーム(1952 – )の作品をちゃんと聞くのは初めてのような気がしますが、シェーンベルクのオーケストレーションの新しさに比べると、作品全体の印象としては伝統的というか重厚な感じがします。まあ、シェーンベルクもリームも、いわゆる「表現主義」的な作品の範疇に入ると思うので、いきなりのフォルティシモや歌手の叫び声などがあるわけで、気分的にはとても疲れますね。歌唱は、表現力については(本当に怖かった)《期待》の、声の豊かさについては《檻》の、がよかったです。

《舞踏会》はアウシュヴィッツで殺されたユダヤ人女流作家イレーヌ・ネミロフスキーの同名小説を原作にしたオペラ。出版直後の1931年に早くも映画化されました。主人公は株で成功した(いわゆる成金)カンプ家の娘アントアネット。家が裕福になって居場所がなくなったアントアネットは、両親から託された舞踏会の招待状を投函する気になれず、郵便局へ行く途中で川に捨ててしまいます。それを知らずに豪勢な用意をして客を迎える準備をする両親 … といったストーリーです。近代/現代のオペラというと上記の《期待》や《檻》のように人間の精神を深くえぐった、ある意味ドロドロした題材が多いように思う(のは偏見?)のですが、この《舞踏会》は比較的コミカルな雰囲気でそういったプチブルジョアを揶揄しているように思えます。

最後、壮絶な「ブーイング」対「ブラヴォー」の応酬がありました。ブーイングは歌手やオーケストラではなく指揮者のシモーネ・ヤングへのものだったと思います。ブーイングがあったのが第3部にあたる《檻》の前から始まったので、何に対するブーイングだったのかよく理解ませんでしたし、そもそもブーイングしているのは一人だけだったような気がするのですが。

演奏会その34: パット・メセニー・オーケストリオン・ツアー

(ああ、語りたいことが多すぎて収拾がつかん …)

珍しく、ライスハレで行われた非クラシックのコンサートへ行って来ました。1月に発売されたニューアルバム「オーケストリオン」をひっさげてのパット・メセニーのコンサートです。コンサートの日程は彼のホームページで見ることができますが、まずヨーロッパを回り、それからアメリカ、その後6月頃に日本へ行くようです。

チケットを取るのが遅れたので、あまりいい席ではありませんでした。1階席の後ろの方で2階席のバルコニーの下。ステージは遠いわ、前の人と重なってステージが見えないわ、でいまいちでした。

ちなみにパット・メセニーのシャツは横縞ではなく、かなりシックな感じの単色シャツでした。まあ、どうでもいい話ですが。

「オーケストリオン」についてはかいつまんで説明するのが難しいので、彼のホームページにあるヴィデオを見て下さい。

要するに「ヤマハのディスクラヴィアのように」(と、パット・メセニー自身がMCで言っていました)MIDIでソレノイドをコントロールして、鍵盤を叩いたり、打楽器を叩いたりしているようです。また「ステージ上にはおよそ400個のソレノイドがある」とも言っていました。まあピアノ、ヴィブラフォン、グロッケンなどの鍵盤打楽器のそれぞれの鍵盤に対して1個ずつ割り当てないといけないと思うので、あっという間にそのくらいの数になってしまいますね。

これらの楽器が基本的には伴奏に徹しているのですが、ギターからの出力に合わせてメセニーがこれらの楽器を演奏することもできるようでした。例えばギターとヴィブラフォンのユニゾンなどもできます。

それから、これはオーケストリオンとは直接関係ありませんが、リアルタイムで自分の音を積み重ねていってループを作り、その上でソロを取るという文字通りの「一人バンド」もやっていました。これも文字で説明するのが難しいので以下のヴィデオを参考にして下さい。ジョニ・ミッチェルのライヴのサポートメンバーだった伝説のベーシスト、ジャコ・パストリアスがやっています(1:00 くらいから)。ちなみにパット・メセニーも参加しています。

で、今回のツアーの構成は、まずギター・ソロで始まり、3曲目(だったかな?)くらいからオーケストリオンのメンバーである Mr. フィンガー・シンバル(とMCで紹介されていました)が加わり、そこから徐々にオーケストリオンが使われていきます。で、アルバム「オーケストリオン」の収録曲の演奏。

2曲目のソロで使っていたのは「ピカソ・ギター」や「シタール・ギター」に似ていましたが、ネックが一つしかなかったようなので違うギターだったと思います。左手はネックをタッピングしてベースラインを演奏し、右手はギターのボディに張られている弦を演奏します。ボディ側の弦は何十本も張られていますが、何本かで一つのグループになっていて、そのグループが4つくらいボディの周囲に配置されています(ああ、これも文字で説明するのが難しい …)。
それぞれグループごとに特定のスケールにチューニングされているようなので、左で弦を押さえる必要がなく、コードに合わせてそれぞれのグループの弦を弾くことによってある程度コードに沿ったアドリブができます。

ここまでが前半。このあとはメセニーのMCを交えながら「オーケストリオン講座」のような形で進んでいきます。上で書いたようなことをメセニーが口頭で説明して、「あとは実際に聞いてみて下さい」ということで曲を演奏する、という流れです。

アンコールはやはり静かにソロで締めくくられました。トータル約2時間30分。

演奏を聴きながら「なぜメセニーはバンドではなく機械と演奏することを選んだんだろう?」とか「演奏者間のインタラクションの否定?」とか、いろいろなことを考えてみたのですが、よくわかりません。そもそも、最近のメセニーの活動はよく知らないし。ということで、いろいろな記事を読んでみて出した結論は「子供の頃に見て面白そうだった。だから一緒に演奏してみたかった。」ということに尽きるのではないかと考えました。

アルバムを聴いた時に感じたのですが、率直に言って音楽よりもアイデアが先行しているという印象は否めないと思います。とはいえ、これだけの機材を抱えてツアーに出ようという意欲(30年くらい前のYMOのツアーより大変かも)、「楽しくてしょうがない」といった感じのメセニーのMC、これだけの複雑な構成を破綻せずに演奏し切る技術、などには脱帽せざるを得ません。

演奏会その33: ウィーンフィル

ProArte • Wiener Philharmoniker • Lorin Maazel
Fr, 19:30 – ca. 21:30 Uhr / Laeiszhalle / Großer Saal

Wiener Philharmoniker
Dirigent Lorin Maazel

Ludwig van Beethoven: Symphonie Nr. 6 F-Dur op. 68 «Pastorale»
Anton Bruckner: Symphonie Nr. 3 d-moll

やはり、音の鳴りは他のオケとは別次元です。今まで聞いたオケの中では(何回も書いていますが)シュターツカペレ・ドレスデンの音がとても気に入っているのですが、ウィーンフィルの音はドレスデンの音をぴかぴかに磨き上げて音のエッジを鋭角にしたようなイメージです(どちらがいい悪いと言っているわけではありませんので、念のため)。飛んでくる音も途中で減衰せずにベクトルをしっかり維持しているように聞こえます。管楽器だと「隅々まで息の通った張りのある音」みたいな表現ができるのですが、弦楽器の場合はどう言えばいいのかちょっとわかりません。

指揮者はロリン・マゼール。来月80歳を迎えるようですが、まだまだ元気です。指揮の振りはとても軽いのですが、それでもオケから的確な表情を引き出せるのはさすがだと思いました。そして指揮者用の譜面台が用意されていないことに驚きました。ベートーヴェンの《田園》はともかく、どうやったらブルックナーの交響曲を暗譜できるのでしょう?

そういえば、マゼールの暗譜能力についてこんなエピソードを聞いたことがあります(人から聞いたんだっけ?本で読んだんだっけ?)。マゼールは弟子にスコアを完全に暗記させて、そのあとに「何小節目のこのパートは何を演奏している?」といった質問をするのだそうです。なぜそんなことをするのかというと、マゼールがそれを必要だと思っていて、マゼールにはそれができるから、なのだそうです。

で、演奏の方ですが、まずブルックナーは圧倒的に素晴らしかったです。このオケの隅から隅まで鳴らし切るソノリティはブルックナーの作品にベストマッチだと思います。げっぷが出そうな濃密な音圧に圧倒されました。スコアを見ると金管の編成は4-3-3-0(実はテューバを使っていない)なのですが、それぞれ1本ずつアシを追加していたようです。それにしてもこれだけの中庸な編成でこんなに充実した響きが出てくるとは、ブルックナーのオーケストレーションがすごいのか、ウィーンフィルがすごいのか。

ただ、同じような方法論をベートーヴェンの《田園》に持ち込むと少し違和感を感じます。一言で言うと「過剰」。序盤こそ弱音や細かい部分でも音符がしっかりと聞こえてくることに感心していたのですが、だんだん疲れてきました。例えるならば、極端に解像度の高い映像を見続けた時の疲れみたいなものでしょうか、情報量の多さについていけなかったのかも知れません。

アンコールはブラームスの《ハンガリー舞曲第5番》。《田園》も(いい意味で)このくらい手を抜いてくれればよかったのになあ、と思わせるリラックスした演奏でした。

いろいろなオケを同じホールで聞けると違いがわかって面白いです。良くも悪くもウィーンフィルの個性はワン・アンド・オンリーだと感じました。

演奏会その31: ハンブルク・フィル(第6回)

「そういえば、そろそろ今月のハンブルク・フィルの定期があるはずだけど、いつだったっけ?」と思い出したのが昨日の夜でした。危ない危ない。

例によってライスハレの近くに路上駐車して、例によってライスハレの近くの「am Gänsemarkt」で軽く夕食をとろうと思ったのですが、何かいつもと雰囲気が違います。

天井から無数の紙テープが下がっていて、店員さんやお客さんの中にはコスプレ(というか変装というか)している人もいます。ふだんは80’sがまったりとBGMに使われているのですが、今日はダンスミュージックがガンガンにかかっています。途中で踊り出す人も出てきました。よくよくカレンダーを見てみると、今日はカーニヴァルのイベント「バラの月曜日(Rosenmontag)」ということでした。このお店はケルンのビール(ケルシュ)が飲める店で、ケルンで行われるカーニヴァルはけっこう有名らしいので、まあ疑似体験というところでしょうか。

いつものアルコールフライと、今日はこのお店で初めてカリーブルストを注文してみました。カリーブルストは可もなく不可もなく、といった感じです。

6. Philharmonisches Konzert

Ralph Vaughan Williams – Fantasie über ein Thema von Thomas Tallis
Edward Elgar – Konzert für Violoncello und Orchester e-Moll op. 85
Oliver Knussen – Ophelia dances, Book 1 op. 13
Edward Elgar – Enigma-Variationen op. 36

Montag 15. Februar 2010, 20:00 Uhr

Dirigentin: Simone Young
Violoncello: Alisa Weilerstein

今シーズン6回目のハンブルク・フィルの定期公演です。今回は、ヴォーン=ウィリアムズの《タリスの主題による幻想曲》、オリヴァー・ナッセンの《オフィーリアの踊り》、エルガーの《チェロ協奏曲》と《エニグマ変奏曲》というイギリスの作曲家の作品を集めた演奏会となりました。

チェロ協奏曲のソロを務めるのはアリサ・ワイラースタイン。実は2008年の1月にハンブルクに出張に来た時に北ドイツ放送交響楽団とドヴォルザークの《チェロ協奏曲》をやった演奏会を聞いています。

実は今までエルガーの作品をあまり聞いたことがなくて、行進曲《威風堂々》の第1番とか、《愛の挨拶》とか、吹奏楽コンクールで演奏される《エニグマ変奏曲》の抜粋(多くの場合「Nimrod」とフィナーレだと思います)くらいしか知りませんでした。《チェロ協奏曲》は夭折の天才女流チェリスト、ジャクリーヌ・デュプレがレパートリーにしていたということで、彼女とバルビローリ/ロンドン交響楽団の演奏で予習しました。

若手の女流チェリスト、そしてエルガーのチェロ協奏曲を演奏するとなれば、多かれ少なかれ演奏者も聴衆もデュプレの呪縛を意識せざるを得ないのではないでしょうか。デュプレの上をいこうとして、よりエモーショナルに演奏するというアプローチもあると思うのですが、一歩間違うと鼻白む自己満足に陥る危険性もあります。そうなったら嫌だなあ、と思っていたのですが、ワイラースタインはわりと客観的なアプローチでかちっかちっと弾いていたように思います。いわば実直なソロだったのですが、それでも感動的でした。前回聞いた時には柔らかい演奏をするという印象があったのですが、今回はがっちりとした骨太な演奏でした。

しかし、この曲はソリストとオーケストラが合わせるのが難しいですね。曲のラストも含めて微妙にアインザッツの呼吸が合わずに聞いていてハラハラする場面が何回かあったので、曲が終わった後の満足感が得られませんでした。ちょっと残念です。

《タリス》や《エニグマ》の弦楽器を朗々と歌わせる部分でオケをドライヴするヤングの音楽の作り方は本当にうまいです。ただ、(あまりこのドグマは持ち出したくないのですが)こういうイギリス音楽の歌い方としては、少し音が湿り気を帯びて重くなっているような気がしました。もう少しすっきり響かせてもいいのではないかと。それから《エニグマ》のテンポの速い部分がちょっと雑に聞こえて未整理だったかな。まあ、音楽全体の流れはよかったので最後は盛り上がりましたが。

ナッセンの《オフィーリアの踊り》は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ホルン、イングリッシュホルン、クラリネット、フルート、チェレスタ、ピアノのための音楽。10分程度の作品で前半はずっとテンポの速い変拍子が続き、後半は無拍子(指揮者のキューのみで音楽が進む)でホルンのソロを中心に展開します。演奏技術的には素晴らしかったのですが、音楽の内容はよくわかりませんでした。

演奏会その30: 上海フェスティヴァルコンサート

今週末は「上海フェスティヴァル」ということで中国文化に関するさまざまなイヴェントが開催されています。

そんな中からハンブルク交響楽団による「上海フェスティヴァルコンサート」を聞きに行きました。

Großes Symphoniekonzert Shanghai

Samtag 13.2.2010 / 19:00 / Laeiszhalle / Großer Saal
Concert Promotors: Hamburger Symphoniker

Mengla Huang Violine
David Cossin Schlagzeug
Hamburger Symphoniker
Dirigent Muhai Tang

Musheng Chen: »Ein Traum im Päonien Garten« für Kunqu-Sänger und Orchester
Chen Gang, He Zhanhao: »Butterfly Lovers« Violinkonzert
Tan Dun: »Water Concerto« für Wasser-Schlagzeug und Orchester (Hamburger Erstaufführung)

1曲目は1971年生まれの陳牧聲(チェン・ムシェン)の《ぼたん園での夢》。作曲者が教鞭を執っている上海音楽学院の創立80周年を記念して2007年に作曲されました。この作品はいくつかヴァージョンがあって、今日演奏されたのは京劇歌手と管弦楽のためのヴァージョン。ステージ上手奥にファルセットでヴォカリーズを歌う男性歌手、ステージ下手奥に京劇のパントマイムを踊る女性が位置しました。まあ、正直言って歌手も踊り手もいてもいなくても差し支えないように思いましたが …

作品は、まあ普通にイメージされる「中国風の現代音楽」という感じでしょうか。いかにも中国を思わせるペンタトニックの息の長い旋律にのせて、ときどき多種多彩な打楽器がドコドコと鳴らされる、といった感じで曲が進行します。その息の長い旋律のオーケストレーションが個性的かなと思いました。あまり厚ぼったくならずにすっきりしていて。時々、笙のような響きが聞こえて、弦のスル・ポンティチェロとかオーボエの高音を使っているのかな、と思ったら、編成の中にアコーディオンがいました。見た目は浮いてしまいますが(笑)、音としては効果的に使われていたと思います。

陳剛(チェン・ガン)と何占豪(かせんごう)の共作によるヴァイオリン協奏曲《梁山伯と祝英台》。1958年に作曲された作品で、作曲者2人は当時上海音楽学院の学生でした。中国では有名な民話を題材にした京劇の旋律を借用しています。おそらく、中国人が作曲したクラシックの作品としては初期のものだと思います。日本でもそうでしたが、非西洋民族という立場で西洋音楽を作曲する時には、それ以前から自分たちの文化が持っていた音楽との融合を図るのですね。音楽的にもともとの民話のストーリーを追っているようなのですが、そのあたりは知識がないのでまったくわかりませんでした。オーケストレーションなどは非常に古典的で、非常におおらかな雰囲気の音がします。

アンコールで出てきたヴァイオリン独奏者の演奏は、よくわかりませんが超絶技巧でした。ある弦の上で旋律を弾きながら別の弦の上でピチカートで伴奏したり、アルペジオのようなボウイングでピチカートのような音を出したり(非常に素早く「ポツポツポツポツ」という音がするのですが、あれどうやって演奏しているんでしょう?)。もともとそういう曲があるんでしょうか?

休憩後は譚盾(タン・ドゥン)の《水の協奏曲》(ハンブルク初演)。基本的には打楽器協奏曲なのですが、独奏者の前には水を張った大きなボウルがあり、これを使っていろいろな音を出します。水を使った楽器というとアクアフォンとかウォーターゴングとかがありますが、これ以外にも水の表面を手で叩いてビートを出したり、ボウルの中にウッドブロックを入れて叩いたり、ウォーターディジュリドゥとでもいいましょうか、太いパイプを叩きながら水に出し入れすることでピッチを変えたり、などなどをやります。

演奏はステージ上の照明を少し落とした状態で行われるのですが、独奏者が使うボウルは透明で下から照明が当てられているので、水が波立つことによって天井に映る光も揺れるような仕掛けになっています … が、ライスハレの天井はかなり高いのであまり効果的ではなかったかも知れません。

ということで、視覚的効果の強い(悪く言ってしまうとこけおどし的な)作品だと思います。これを聞きながらいろいろなことを考えました。

こういう、視覚的な効果を積極的に取り入れた作品というのはある意味非常に今日的(同時代的)であると言えると思うのですが、その反面CDやDVDなどの複製媒体による作品の流布(あるいは演奏の流布)までを念頭に入れなければいけない(もちろんそれが全てではありませんが)今日の「クラシック業界」に対するアンチテーゼであるようにも思います。(まあ、この作品はDVDでもリリースされているようですが …)

また、こういうエンタテインメント性が必ずしも数百年も連綿と続くクラシック音楽(西洋音楽)の延長線上にあるとは限らない(ある意味での「クラシック音楽」ではない)と考え方もある一方で、タン・ドゥンという作曲家が個人としての作曲語法を拡張するために意図的にこういう方向を選択した、という考え方もできるわけで …

基本的にはとても楽しめた作品だったのですが、それを捉えようとした時に上に書いたようなアンビヴァレントな考えが次々にわいてきてしまったのでした。

演奏については、打楽器がソロということもあってかタン・ドゥン特有のメリスマのきいた旋律は控えめで、オーケストラも比較的パーカッシヴな音を出します。(余談ですが、最初の方で弦楽器が演奏したモチーフは去年聞いた《チェロ協奏曲》でも使われていたような気がします)で、微妙にオーケストラと独奏者の間の細かいリズムのノリがずれていたような気がします。ちょっと残念だったかな。

指揮者の汤沐海(タン・ムハイ)は初めて聞きましたが、ヨーロッパではかなり活躍しているようです。ちょっと裏拍の点を出しすぎるきらいはありましたが(慎重派?)、大振りしないコンパクトな指揮、的確なキューがよかったです。ふだんはインテンポに留意して振り、アインザッツが必要なところはしっかりキューを出す、といった感じです。ステージ上でのコンサートマスターとのやりとりを見てもオーケストラとのコミュニケーションがうまくいったことがわかりました。

アンコール。指揮者の「上海は今お正月なので …」というMCから《何とか序曲》(詳細不明)が演奏されました。旋律が中国風と言えば言えなくもない感じです。

やはりこういうプログラムだとお客さんは少なかった(言わずもがなですが普段よりアジア系の聴衆は多いです)のですが、演奏後の拍手やブラヴォーはとても多かったです。演奏もよかったし、指揮者が醸し出す演奏会全体の雰囲気もよかったのかな?とても後味のよい演奏会でした。

演奏会その29: シュターツカペレ・ドレスデン

不覚。

毎日毎日似たような積雪情報をブログに書き綴っていたにも関わらず、今日はわざわざいちばん滑らない靴を選んで履いたにも関わらず、車に乗る時に滑ってすっ転んでいまい、左ひざを思い切り地面にぶつけてしまいました。シャーベット状の雪がつるつるの氷の上に積もっていたようです。すぐにでもその場にうずくまりたい気持だったのですが、さすがに雪の中に倒れこむわけにもいかず、何とか車の中に入って数分呻いていました … しばらくしたら痛みも治まったので今のところは大丈夫そうです。

*****

さて、昨年に引き続き、2回目のシュターツカペレ・ドレスデンの演奏会です。「ノルディック・コンサート」と題された北欧をまわるツアーのようで(ハンブルクは北欧かい!)、ノルウェーのオスロ(2/2)、デンマークのコペンハーゲン(2/3)、ハンブルク(2/4)、スウェーデンのストックホルム(2/6)という予定です。

ライスハレ周辺は意外に空いていたので、車は余裕で路上駐車できました。夕食はいつもの「Am Gansemarkt」で。アプフェルショーレ、サラダ、グヤーシュスープと控えめにしていた(前はこれにハンバーガーを注文していたりした)のですが、いい具合にお腹にたまります。

Sächsische Staatskapelle Dresden • Frank Peter Zimmermann • Neeme Järvi
Nordic Concerts

Thu, 08:00 PM / Laeiszhalle / Großer Saal

Sächsische Staatskapelle Dresden
Frank Peter Zimmermann Violine
Neeme Järvi Dirigent

Johannes Brahms: Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 77
Richard Strauss: Also sprach Zarathustra / Tondichtung frei nach Friedrich Nietzsche op. 30

残念ながら音楽監督のファビオ・ルイージは健康上の理由でキャンセルということで、代わりにネーメ・ヤルヴィが同じプログラムを振ることになりました。印刷物も全てヤルヴィに差し替わっていたので、代役は比較的前から決まっていたのかも知れません。ホール前で「チケット売ります」の人が多く見受けられたのは、ルイージ期待のお客さんが多かったからなのでしょうか。ホールの入りも7〜8割といったところで、ちょっと淋しいです。

演目はブラームスのヴァイオリン協奏曲と、リヒャルト・シュトラウスの交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》です。ヤルヴィというと「やるときゃやるぜ」といった感じの爆音系指揮者という印象があるのですが、さあ、どうなりますことやら。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲はカラヤンとアンネ=ゾフィー・ムターの演奏で予習していました。実はこの演奏、ブラームス箱とグラモフォン箱の両方に収録されています。ムターの多少ごつごつした演奏(録音マイクが近いのかなあ?)に比べるとフランク=ペーター・ツィマーマンの演奏はとてもまろやかに響きます。第2楽章の冒頭、オーボエの美し過ぎる(笑)ソロにからむ(ホルンも含めた)木管合奏は素晴らしいアンサンブルでした。ドレスデンの木管楽器はそれぞれの奏者の音が非常に立っていてものすごく存在感があります。それでいながら、まとまると束になった何とも言えない芳醇な音色になります。ヴァイオリン・ソロはちょっとポルタメントの使い過ぎが気になりました。第3楽章は前に前に行きたいツィマーマンと、どっしり行きたいヤルヴィの指揮があまり噛み合っていませんでした。まあ、それも些細な問題でしたが。

アンコールは知らない曲でしたがバッハのように聞こえます。無伴奏ソナタの中の1曲かな?ここであらためてツィマーマンの音色の存在感にびっくりしました。協奏曲の中で演奏している音の何倍も豊かに聞こえました。弱音部は、本当にホール全体が息を飲んでいるような緊張感でした。

後半は《ツァラトゥストラはかく語りき》。2管編成だったブラームスに比べると、4管編成になって(しかもテューバ2本、ハープ2台、パイプオルガンつき)ステージ上の人数もかなり増えます。弦も増えていたかな?この曲、冒頭の存在感があまりにも大きいせいか、ぶっちゃけそれ以降の音楽にそんなに魅力を感じません。まあ、曲想などは「いかにもシュトラウス」という感じなので、その雰囲気を楽しむことにしました。

前回同じオケでファビオ・ルイージの指揮で聞いた《アルプス交響曲》は端正に作りこまれた印象があったのですが、ヤルヴィはやはり隅々まで鳴らしてきます。それにしても、このオーケストラが「シュトラウス・オーケストラ」と言われている所以がわかります。音色といい、突出してきてほしい時に出てくる楽器のバランス感とか、「これしかない」というくらいリヒャルト・シュトラウスの作品にふさわしい感じがしました。途中、ステージの上でカラフルな流動体がうごめいていて、それが刻一刻と形を色を変えているようなイメージが頭に浮かびました。

ひょっとして、ルイージだったらここまで奔放な響きを聞けなかったかも知れません。綺麗にまとまる飽和点からほんのちょっとはみ出した奔放さはヤルヴィの指揮のおかげでしょう。まったくもってブラヴォーです。

さてアンコール。ヤルヴィが一言目に何と言ったのか聞き取れなかったのですが、二言目は「Andante Festivo」。シベリウスの《アンダンテ・フェスティーヴォ》です。弦楽合奏とティンパニのために書かれた小品で、「Festivo」というくらいなので一応祝祭的な意味合いの曲なのですが、懐想的で、どこかしんみりする雰囲気の荘厳な曲です。ものすごく大好きな作品で、しかもヤルヴィ指揮エーテボリ響の演奏を愛聴していて(以下の交響曲第5番のカップリングで収録されています)、しかもシュターツカペレ・ドレスデンの弦の響きでこの曲を聞けるなんて、想像だにしていませんでした。最初の音を聞いた瞬間、涙が出てきてしまいました。(分かる人には分かっていただけるかと思いますが、教授のコンサートのアンコールでいきなり《Aqua》が始まった時のような感覚です。)相変わらず彫りの深い演奏で、メインプログラム以上におおらかな表情の演奏でした。コントラバスが唸るような音は他のオケで聞けない音だと思います。

シベリウス:交響曲 第5番 [Import]

アンコール2曲目は知らない曲でした。《Andante Festivo》と違って曲目紹介をしませんでしたし、隣に座った夫婦は曲に合わせてリズムを取っていたりしていたので、一般的には有名な曲なのかも知れません。

ますます、このオケが好きになりました。ドレスデンまで聞きに行くか?(笑)

演奏会その28: ムノツィル・ブラス

Dienstag, 26. Januar 2010 – Mnozil Brass

“Magic Moments” Virtuose Blasmusik und großes Komödiantentum

Laeiszhalle – Musikhalle Hamburg

基本的には七重奏(トランペット3、トロンボーン3、テューバ)のブラス・アンサンブル、ムノツィル・ブラスの演奏会です。日本でもかなり注目されているようですね。楽器演奏だけでなく、アカペラ、パントマイム(というか、少々イタい小ネタというか …)などでも楽しませてくれます。楽器の演奏技術だけでも十分に凄いのですが、そこに過剰なまでのエンタテインメント(そこまでしなくてもいいだろう … と感じることがたびたびありました …)が加わって、会場は大盛り上がりでした。

個人的によかったのが、

  • ちょっとネタ的には古いですが「人力マトリックス」。映画「マトリックス」のアレのように、トランペットを吹いている人をスローモーションで縦に一回転させたり、トランペットのマウスピースを弾丸に見立てて、例のエビ反りでよけるやつとかをやっていました。
  • 「一人四重奏」。マウスピースはそれぞれの4人の演奏者が担当するのですが、両手でそれぞれ別のトランペットのピストンを操作し、両足でそれぞれ別のトロンボーンのスライドを(足の親指と人差し指にはさんで)操作して、テューバの伴奏に合わせて演奏していました。(ううん、文字だけだと説明しづらい …)
  • アンコールの1曲目がアカペラで始まるクイーンの《ボヘミアン・ラプソディ》。中間部のコーラスワークが比較的忠実に再現されていて驚きました。
  • 基本的には演奏者は言葉を発していなかったのでかなり助かりました。メンバー紹介ですら、プランジャーミュートを使ったトロンボーンでしゃべっていました。トロンボーン奏者の一発芸でよくある「行事の呼び出し」みたいな感じです。ほとんどプロレスの選手コールみたいでしたが(笑)。ドイツ人にはちゃんとドイツ語っぽく聞こえたのかな?そういえば「Danke Schön」はそうしゃべっているように聞こえなくもなかったです。

かなりのレパートリーを音圧の高い吹き方で吹いていたのですが、よくバテないものだなあ、と思いました。また、そういった曲の直後にゆったりとしたバラードっぽい曲を吹いても音が荒れずにちゃんと切り替えているのもすごいです。

期待以上に感動しました。おそらくCDやDVDではこの面白さは反芻できないと思ったので購入しませんでした。また演奏会に足を運びたいです。日本には秋頃行くようですね。

演奏会その27: ハンブルク・フィル(第5回)

5. Philharmonisches Konzert

Johannes Brahms – Tragische Ouvertüre op. 81
Johannes Brahms/Detlev Glanert – Vier Präludien und Ernste Gesänge für Bariton und Orchester
Anton Bruckner – Sinfonie Nr. 1 c-Moll (Urfassung, “Linzer”)
Sonntag 24. Januar 2010, 11:00 Uhr

Dirigentin: Simone Young

今日はハンブルク・フィルの今シーズン(ちなみに第182シーズン目だそうです)5回目の定期公演。9月の第1回以来、久しぶりに音楽監督のシモーネ・ヤングが指揮台に立ちます。

1曲目はブラームスの《悲劇的序曲》。恥ずかしながら初めて聞いたと思います。というわけで他の演奏を聞いたわけではないので比較はできないのですが、冒頭のテンポは通常よりも早いんだろうなあ、と想像されます。オケも指揮者もかなり気負っていたようでちょっと慌てる感じでしたが、だんだん落ち着いてきました。

2曲目はブラームスの《4つの厳粛な歌》。この作品はブラームスの死の前年に書かれたという最晩年の作品で、歌詞は聖書から取られているそうです。ちなみにこの歌曲の第1曲目の冒頭で歌われる旋律は童謡《黄金虫》にそっくりということで知られています。↓こんな感じで。

この作品、ブラームス自身による管弦楽伴奏のスケッチも残っているらしいのですが、結局それは完成せず、現在はピアノ伴奏だけが残っています。今日演奏されたのは、ドイツ生まれ(1960年)の作曲家デトラフ・グラナートが管弦楽編曲を行ったものです。4曲は続けて演奏され、それぞれの歌曲の冒頭にはグラナート自身が作曲した前奏曲が追加されており、また原曲にはないエンディング(後奏曲)も追加されています。

残念ながらバリトン独唱の歌手がキャンセルということでした。演奏会の最初にシモーネ・ヤングが説明していたのですが、当然ドイツ語なのでわかりません。ただ、説明の途中で聴衆が一斉にため息をついたので何となく察しはつきました。その代わりに、オケの首席チェロ奏者が独唱パートを演奏するという形になりました。せっかくプログラムにドイツ語の歌詞が書かれていたのに追えないし、チェロの音色は当然のことながらオケに埋没してしまうことがあるので声部として明確に聞こえなかったのがちょっと残念でした。作品としては歌の伴奏部分のオーケストレーションは比較的オーソドックスだったのですが、前奏曲に入ると全く語法が変わって現代的になるのが面白かったです。消え入るように終わる後奏も印象的でした。

ブラームスはそれほど聞き込んでいない作曲家だし、どちらも聞いたことのない作品だったし、途中で退屈してしまうのではないかと考えていたのですが、全然そんなことはありませんでした。意外にウマが合う作曲家なのかも知れません(笑)。

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休憩後はブルックナーの交響曲第1番。前回、ハンブルク交響楽団の交響曲第5番を聞いた時にくじけてしまったので、今回はかなり一所懸命予習しました。そういえばヤングとハンブルク・フィルのコンビは初稿によるブルックナー交響曲全集の録音が進行中ですが、探してみたところまだ第1番のCDは発売されていませんでした。今日はたくさんのマイクが立っていたのでこのライヴを録音しているのかも知れません。

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予習のかいあってか、あるいはまだブルックナーとしての個性が十分ににじみ出ていない初期の交響曲だからか、前回のような不本意なことにはなりませんでした。分厚いブルックナー的なオーケストレーションは見受けられますが、まだ古典的な4楽章交響曲の構成に多少なりとも固執しているのかなあ、という気がします。

オケの「鳴り」についてはもう少し洗練さが欲しい気もしましたが、全体としては非常にいい演奏だったと思います。例によってヤングは精密というよりは大きな流れで音楽をとらえているように思いましたが、その棒の動きが的確に音楽的に表出されるのは、さすがに音楽監督として自分のオーケストラをうまく引っ張っているという感じでした。私のリファレンスはインバル/フランクフルト放送響の演奏だったのですが、サウンドの構築感という意味ではインバル、曲全体の音楽的な構築感という意味ではヤングに軍配をあげたいです。

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昼食は、またまたライスハレ近くのカリーブルストのお店「EDEL CURRY」へ。イェーファーのピルス、ポテト付きカリーブルスト、ミックスサラダ(ちなみにです、これ)で満足です。

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お店にこんな張り紙があるのを見つけました。やはり、このお店は一般的にも評価されているんですね。自分の味覚センスにちょっと安心(笑)。

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しかし、本当に寒いです。午後2時過ぎで気温マイナス8℃。

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演奏会その26:プラハ・チェコ交響楽団

Monumentalwerke der Klassik
Carmina Burana und 9. Sinfonie

Tue, 08:00 PM / Laeiszhalle / Großer Saal

Tschechische Symphoniker Prag
Coro di Praga
Musikalische Leitung Petr Chromcák

Ludwig van Beethoven: Symphonie Nr. 9 d-moll op. 125
Carl Orff: Carmina Burana / Cantiones profanae für Soli, Chor und Orchester

今年最初の演奏会はベートーヴェンの交響曲第9番《合唱付き》とオルフの《カルミナ・ブラーナ》という、かなり重めのプログラムです。演奏はプラハ・チェコ交響楽団とプラハ合唱団(訳はこれでいいのかな?)、指揮はペトル・フロムツァーク(読み方はこれでいいのかな?)、全然知りません。

今日は会社から直接演奏会へ行こうと考えていたので、午後5時30分に退社して午後6時過ぎくらいにライスハレに到着しました。さすがに開演2時間前くらいだとライスハレ周辺の駐車スペースにも余裕があります。会場入り口まで徒歩2分くらいの場所に駐車することができました。

夕食はライスハレ近くの「am Gänsemarkt」へ。今日はヴァイツェンのアルコールフライ、トマトスープ(あ、昨日もうちでトマトスープ作ったんだった …)、バイエルン風バーガーを注文しました。前回食べたケルン風バーガーはハンバーグに近いハックステーキを使ったハンバーガーだったのですが、バイエルン風バーガーはハックステーキの代わりに南ドイツの名物料理であるレバーケーゼを使っています。レバーケーゼの写真はこちらに。(今回はまたまた iPhone を持って行くのを忘れてしまったので撮影していません)そもそも「ケーゼ(käse)」というのはチーズのことで、メニューにも「何とかケーゼ」と書かれていたのでチーズバーガーの一種かと思ったのですが。

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演奏会ですが、かなり残念な内容でした。率直に言ってしまうと時間とお金の無駄。

指揮者のある程度の視覚的なパフォーマンスは否定しませんが、いちばん重要なのは聞こえてくる音楽であって、それと指揮者のオーバーアクションがあまりにもかけ離れているのは問題だと思います。残念ながらオーケストラの技術にはかなり問題がありましたがもっと音程に気を配るとか、特に合唱と器楽のバランスに気を配るとか、キメになるところや楽想が変わるところでのアインザッツをきちんと合わせるとか、素人の耳にもわかる改善の余地があるにも関わらずそれらをコントロールすることをせずに、おおげさなキュー出しにこだわるのはどうかと思いました。

あと、全般的に早めのテンポ設定だったのですが、オーケストラがついていけていません。《第九》の第2楽章のスケルツォや第4楽章の行進曲はずれまくりでした。また《カルミナ・ブラーナ》においてはリズム・オスティナートを明確に提示することがこの曲の面白さを引き出すポイントだと思うのですが、どちらかというと旋律優先のとらえ方をしていたようで、この作品のごつごつとしたリズム感の面白さが聞こえてきませんでした。まあ、これについては見解の相違かも知れませんが。それにしても各曲の扱いが微視的なために流れがぶつぶつ断ち切られてしまい、それによって後半のクライマックスへの到達感が全然感じられなかったのは問題だと思います。例えば、フレーズには「間」が必要ですが、意図しているものなのかどうかよくわかりませんが、フレーズの終わりがフェルマータになり、それを切る動作が入り、次の予備拍が入り … となるとフレーズとフレーズの間がばっさりと空いてしまうのです。これだと曲の推進力が完全に止まってしまいます。もう少し「間」の長さを自覚的にコントロールする必要があるのでは?と思いました。あ、合唱とソリスト(特にテノール)は素晴らしかったです。先日買ったグラモフォンの55枚組にも名盤の誉れ高いヨッフム/ベルリン・ドイツ・オペラの《カルミナ・ブラーナ》が収録されていて、確かに素晴らしい演奏なのですが、テノールがいまいち好みではありませんでした。今日のテノールは「Olim lacus colueram(昔、私は湖に住んでいた)」での安定感といい、滑稽な歌い回しといい、非常に満足できるものでした。

といったわけで、個人的にはまったくもってつまらない演奏会だったのですが、なぜかお客さんのスタンディング・オヴェーションは私がライスハレで見た中でもっとも盛り上がったものでした。アンコールは《カルミナ・ブラーナ》の第10曲「Were diu werlt alle min(世界中が全て俺の物だとして)」(金管の「たかたかたったっ、たかたかたったっ」のファンファーレで始まるやつ)だったのですが、最後の一拍でなんと指揮者がジャンプしてくるっと客席の方を向きました。これでまた観客は大喝采、私はますますやるせない気分になってしまいました …

表現は内容に対して真摯でなければならないと思います。(生真面目でなければならないとか、パフォーマンスを行うべきではない、と言っているわけではないので念のため)私の見識が狭いのかも知れませんが、こういう表層的なパフォーマンスは受け入れ難いです。

演奏会その25: バンベルク交響楽団

今のところ、今年の演奏会の聞き納めです。前日体調不良で会社を休んでしまったので、今日は残務処理に時間がかかると見込んで、会社から直接ライスハレへ向かうことにしました。路上駐車のスペースを探す手間も大変なので、2ブロック離れたところにある有料駐車場に車を入れました。

Mi, 16.12.2009 – 19:30 Uhr
Hamburg – Musikhalle

Jonathan Nott Dirigent
Vadim Repin Violine

Ludwig van Beethoven Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 61
Dmitri Schostakowitsch Symphonie Nr. 10 e-moll op. 93

バンベルク交響楽団はあまりよく知らないのですが、インゴ・メッツマッハーとのコンビでカール・アマデウス・ハルトマンの交響曲全集を録音したオーケストラです。指揮者のジョナサン・ノットはTELDECのリゲティ作品集でベルリン・フィルとのコンビで素晴らしい演奏を聞かせてくれた指揮者です。アンサンブル・アンタルコンタンポランの指揮者も務めたことがあるそうで、現代音楽の指揮には定評があります。ワディム・レーピンはロシア生まれのヴァイオリン奏者。ザハール・ブロンの門下生だそうです。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。さんざん予習したのですが、まだこの曲のよさがあまり分かっていません。 レーピンのソロはかなり堅実な印象を受けました。大仰な表現を排除している半面、華がないといえば華がないのかな、という気もします。

ノットはかなり大きく動いてオーケストラをコントロールします。私は「指揮は基本的に上半身で振るもの。履いている靴の裏が聴衆に見えるような(下半身が安定しない)振り方をしてはいけない」と習ったのですが、ノットの靴の裏はかなり見えていました(笑)。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲には第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いになるところがあって、しかも今回は下手からVn1、Vi、Vc、Vn2という配置だったので、左を向いて第1ヴァイオリンにキューを出した後、180度回転して右側にいる第2ヴァイオリンにキューを出す、といった場面がたびたびありました。メッツマッハーの指揮を見た時にも思ったのですが、「現代音楽が得意な指揮者はカチカチとした指揮をする」という勝手な先入観は捨てた方がよさそうですね(私だけでしょうか?)。

さて、メインはショスタコーヴィチの第10番です。彼の交響曲の中でもっとも有名であろう第5番同様に一応古典的な4楽章構成をとる交響曲です。あからさまなベートーヴェン的アウフヘーベンが展開される第5番に比べて、「スターリンの死を待って発表された」とか「自身のイニシャルをモチーフとした音形(D-Es-C-H)がそこかしこにあらわれる」とかいった要素から多少作曲者自身の本音が垣間見える第10番もけっこう好きな作品です。第1楽章で弦楽器の序奏から立ちのぼるクラリネットのソロとか、尋常じゃないスピード感の第2楽章のスケルツォとか、D-Es-C-H を含む旋律から始まる第3楽章のやるせなさとかがいいですね。

演奏はとてもよかったです。今年聞いた演奏の中でもかなり上位に位置します。もともと分離のいい、すっきりとしたサウンドを持つオーケストラだと思ったのですが、ノットの指揮はトータルなバランスに気を配りながらも、曲の中で際立たせるべき声部をきちんとコントロールしているように思いました。いわゆる「彫りが深い」表現といいましょうか、漫然と流れるところがなく、常に気が配られているようなサウンドでした。強奏部分はかなりヒステリックに聞こえる部分もあったのですが、それも必然だったのかも知れませんね。

このコンビはマーラー、ブルックナー、シューベルトの交響曲を録音しているようなので、まずはマーラーあたりを聞いてみたいと思いました。