所属する吹奏楽団の新年会。
例年、新年会で団の音楽的方向性を定めるための「スローガン」を発表するのだが、今年は別のイベント報告があってすっかり忘れていた。
2次会での話の流れから急遽2次会で発表することになったのだが ….. 人数少ないし、すでに暴走しまくっているし、誰も聞いちゃいないよね …
また改めて発表することにします。>> 団員諸氏
所属する吹奏楽団の新年会。
例年、新年会で団の音楽的方向性を定めるための「スローガン」を発表するのだが、今年は別のイベント報告があってすっかり忘れていた。
2次会での話の流れから急遽2次会で発表することになったのだが ….. 人数少ないし、すでに暴走しまくっているし、誰も聞いちゃいないよね …
また改めて発表することにします。>> 団員諸氏
最初は聞きに行こうかどうしようか迷っていたのだが、応募したチケットプレゼントに当選したので行くことにした。 プログラムは以下の通り。
よくよく考えると、かなり贅沢な演奏会である。 ほとんど編成の異なる20世紀に書かれた管楽アンサンブルの重要作品を一つの演奏会で聞けるのだから。
第一部はかなり多様な作品が集められたが、第二部はジャズ的な雰囲気を持った作品で統一されている。 第一部が演奏者にも聴衆にも緊張感を強いる作品が多かった(例えば《異国の鳥たち》の変拍子とか、《ガーデン・レイン》の金管楽器の超弱音の持続とか)が、その反面、第二部には演奏者も聴衆もリラックスできる作品が多かった。 そのせいか演奏会が進むにつれ演奏者がだんだんなごんでくるのがわかる。 《ジャズ組曲第1番》《小さな三文音楽》あたりでは、かなり乗った演奏が楽しめた。
演奏会前から「こんな特殊な編成ばかりの演奏会でアンコールに使える曲があるのだろうか?」と要らぬ心配をしていたのだが、《小さな三文音楽》の第2曲、ジャズのレパートリーとしてもよく知られている《マック・ザ・ナイフ》が再び取り上げられた。
佼成のメールマガジンによると、WOWOW のビデオ収録が入っていたらしい。放送されるのかな?
アンケートにも書いたが、また似たような企画で演奏会を開いてほしいものである。 (どんな作品があるかなあ ….. 武満徹の《シグナルズ・フロム・ヘヴン》を第一部と第二部の前に演奏して、クセナキスの《アクラタ》とか、ヴァイルの《ヴァイオリン協奏曲》とか(あれ、 佼成は最近やったっけ?)、ヒンデミットの《演奏会用音楽》あたりはギリギリでOKか?)
岩城宏之さんのサイン入りCDはしっかりゲットしました。
カレル・フサ/この地球を神と崇める
海外のオークションで見つけたもので、かなり安く落札できた。
《プラハのための音楽1968》もかなり抽象的な音楽であるが、この楽譜を見ると《プラハ》はまだわかりやすいんだな、と思う。
何か最近とっても忙しいぞ …..
とりあえず、選曲検討用と興味のために購入した楽譜が到着した。
吹奏楽というよりは管楽アンサンブルといった方がよいような編成。 木管は3管(ただしクラリネットは Eb + Bb + Bb Bass が一本ずつ)+アルトサックス、金管は 4-4-3-1 + ユーフォニアム。それに打楽器、ピアノ、エレキベースという編成である。
実はあまり音源がなく、私が持っているのは《メトロポリス・シンフォニー》(終楽章は単独で吹奏楽編曲されている《レッド・ケープ・タンゴ》という作品)とカップリングになっている ARGO 盤だけである。
Daugherty: Metropolis Symphony/Bizarro
シンプルなリフがいろいろな楽器で繰り返されるという構成。 ジャズよりもロックに近い雰囲気である。 こういう作品こそ、大江戸ウィンドオーケストラあたりが演奏したら面白そうだ。
ヘリオトロープ・ウィンド・シンフォニーのCD に収録されている。最初に合唱曲として作られ、後に吹奏楽編成に改作されたらしい。吹奏楽版のフルスコアの真ん中には合唱譜も書かれているので、吹奏楽 + 合唱という形態での演奏も可能なのかも知れない。やはりいい曲であった。
最終部分での二度下降進行の音形には予想通り「Sle-ep」という言葉があてはめられていた。上記 CD の中山鉄也さんの解説によると作曲者のウィテカーは「スリープ = 永眠」という意味合いを持たせているという。この音形はマーラーの《大地の歌》(ここでは「E-wig(永遠に)」という歌詞がつけられている)や《交響曲第9番》でも死を暗示する音形として使われている。やはりウィテカーは意識しているのであろう。
創価グロリア吹奏楽団のCD に収録されている。聴衆をも演奏者にしてしまうという面白いアイデアの作品である。聴衆がランダムに行う「指パッチン」が雨音を模倣しているのである。作品としては上記の《スリープ》よりちょっと大味か。
《リンカンシャーの花束》の第1曲の途中で割り込んでくるファンファーレが、この《マルボロ侯爵のファンファーレ》である。イーストマン・ウィンド・アンサンブルの前指揮者であるドナルド・ハンスバーガー校訂によるエディション。
ホルンのオフ・ステージのソロに始まり、金管主体でどんどん繰り返されるような構成になっている。なかなか面白い小品なのだが演奏者によってはプレッシャーがきついかも。
オペラ《三文オペラ》から作曲者自身が再構成した管楽アンサンブルのための組曲。 この組曲を編むことを進言したのがオットー・クレンペラーというのが面白い。 個人的には厳格で気難しいそうな印象のあるクレンペラーがこの作品を振っている情景を想像すると何となくおかしい。クレンペラーによる音源もあるらしいのだが、残念ながらまだ聞いたことがない。
編成は以下のようになっている。
2 fl (picc.), 2 cl, alto sax, ten. sax (sop. sax), 2 bn;
2 tpt, tbn, tuba; timp, perc, banjo, guitar (or harp), accordion, piano.
管楽アンサンブルの重要レパートリーということでとりあえず手元に置いておきたかったので購入した。
思いがけず、12月26日の東京佼成ウィンドオーケストラ定期演奏会のチケットが手に入った。岩城宏之さんがこの作品を振るというので楽しみである。
しかし楽譜の印刷が汚いなあ。インクがにじんで楽譜上の音符を判別できないところが何箇所かある。
フレデリック・フェネルが亡くなったらしい。享年90歳。→ http://www.dws.org/ffennell.htm
そんなに先のことではないだろうと思っていたが、やはりその日が来てしまうとショックである。
詳細はあとで。ひとまずご冥福をお祈りしたい。
(12月10日追加)
フェネルの娘さんのメッセージが人づてに転送されてきました。ひとまずここに転載しておきます。とりあえず簡単な訳をつけておきますが、いかにもフェネルらしい最期だったように思い、ちょっとうれしくなりました。(誤訳があったのでちょっと直しました。)
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(原文)
I’ve managed to reach some of you by phone, others not, and I did not want to leave this as a voice message.
I want you, and the greater music community to know that my father died peacefully in his sleep early this morning, Tuesday, December 7, 2004. Elizabeth and I were by his side. I had promised him that I would do all I could to get him back to Siesta Key so he could watch the sun set over the ocean. With the help of Hospice, he arrived home in time to see the brilliant orange and pinks in the western skies last evening. A bit before Midnight, dad told me he was “frustrated and disappointed.” When I asked him, “Why?” he
replied, “There’s no drummer here yet. I can’t die without a drummer!” I told him that I loved him, and that “Heaven’s best drummer was on the way.” Moments later he said, “I hear him! I hear him! I’m OK now.” This was my final conversation with my dad.
I was blessed to be able to dress my father in his finest set of tails after he died, complete with the usual struggle with his tie. Elizabeth asked if he could be “dressed up” and I could think of nothing finer for a lasting memory. Dad asked to be cremated and that I scatter his ashes in the woods at Interlochen, Michigan this summer. This, of course, I will do.
Elizabeth is OK at this point. We are closely watching her, monitoring her blood sugar levels and seeing that she gets the diet and rest she needs after such a life transition.
There will be a small Memorial Service at a church in Siesta Key. No date or time has been set yet. As knowledge of my father’s death is communicated, please keep both Elizabeth and me in your prayers.
Fondly,
Cathy Fennell Martensen
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(訳)
皆さんに、私の父フレデリック・フェネルが2000年12月7日火曜日の朝、眠りの中で安らかに息を引き取ったことをお知らせします。エリザベス (訳注:フェネルの奥さん)と私は父のそばにいました。私は父に、父がシエスタ・キー(訳注:フェネルの自宅があるフロリダ州のビーチ。ちなみにこのCDのジャケット写真はシエスタ・キーのビーチらしい。)に戻って、海に沈む夕陽を見られるようにするためにどんなことでもすると約束しました。父は昨晩ホスピスの助けを借りて、西の空がオレンジやピンクに染まる時間に家に帰って来ました。真夜中ちょっと前、父は「がっかりした。」と言いました。「なぜ?」と私がたずねると、父は「まだ、鼓手が来ていない。鼓手がいなければ私は死ぬわけにはいかない。」私は父に「愛しているわ。」と言い、「天国でいちばんの鼓手がこちらに向かっているわ。」と言いました。しばらくしたあと、父はこう言いました。「聞こえる!聞こえる!これで大丈夫だ。」これが父との最後の会話になりました。
父の死後、私は父をもっとも上等な燕尾服で正装させました。いつものように苦労してネクタイを結んで。エリザベスは父を「ドレスアップ」することを望んでいました。私は思い出としてこれ以上素晴らしいことはないと思います。父は、火葬にして、灰をこの夏にミシガン州インターローケンの森に撒いてくれと言っていました。もちろん私はそうするつもりです。
エリザベスは今は大丈夫です。私たちは彼女の血糖値を見たり、彼女がダイエットしたりこのような人生の節目に必要な休息を取っていることを見守ったりしています。
シエスタ・キーの教会で小さな追悼集会を行う予定です。日時はまだ決まっていません。父の死を知らせる時には、私やエリザベスにも祈りを捧げて下さい。
Cathy Fennell Martensen
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今日 NHK BS-2 で放送されたシエナ・ウィンド・オーケストラのコンサートを見る。昨年8月の「富士山河口湖音楽祭 2004」での演奏である。
野外劇場で演奏される《ローマの松》はなかなか風情があってよい。特に第3楽章《ジャニコロの松》なんてぴったり。
打楽器奏者による《ロック・トラップ》も演奏者のパフォーマンスのおかげでかなり楽しいものになっている。
下手に「吹奏楽の普及うんぬん」とか大仰なことを考えずに、とにかく楽しいステージを作ろうとしている姿勢がよい。
その反面、指揮者の佐渡裕さんのインタビューの中では「コンサートに対する敷居は低い方がいいが、その敷居がなくなってはいけない」という発言があった。全く以って同感である。「楽しい」ということと「無頓着」ということを穿き違えてはいけないのである。
Composers on Composing for Band
マーク・キャンプハウスによる吹奏楽作曲家についての本。音楽学者である谷口昭弘さんのホームページ「音と音楽を考えるページ」で紹介されていた。その内容が面白そうだったので注文してみた。
キャンプハウス本人も含む11人の吹奏楽作曲家に対して同じ質問をし、その結果をまとめた本である。その11人とは、
である。また、質問については、
など、かなり具体的に参考になると思われる質問が設定されている。
年内の演奏予定行事も全て終了し、ぼちぼち来年のための準備に入る。
限られた時間内で借りることのできた楽譜の音出しをしてみようということで《リンカンシャーの花束》の合奏。やはり3楽章と5楽章の変拍子は初見では無理だと思い、「1」→「2」→「4」→「6」→「5」→「3」の順に通してみることに。
特に3楽章などはもっとてこずるかと思っていたのだが(そりゃ、かなりてこずったけど)、一応全ての楽章を音にすることができたのは素直に感動。1時間弱の合奏時間、しかも初見でこれだけできたのはすごい。
しかし3楽章、5楽章は予想以上に疲れる。演奏者に音楽の流れを委ねられる部分がほとんどない。変拍子を正しく振ったり、5楽章の例の無拍子の部分のキューを出したりするのはもちろんなのだが、ほぼ毎小節何らかのキューを出さないと、きっと音楽が止まってしまうだろう。
この曲、演奏会で取り上げるにはちょっと地味(演奏が難しいわりに報われない)かなと思っていたのであるが、ラトル/バーミンガム響の演奏を聞いて少し考えが変わった。吹奏楽の演奏とは違い、それぞれの奏者がソリストであるかのように鳴らしまくっている。こういう演奏ができるといいのだが。
以前、伊藤康英さんに「渡瀬さん(フルート・ダモーレ奏者の渡瀬英彦さん)をソリストにした吹奏楽のための協奏曲って面白いアイデアだと思いません か?」というネタ振りをしたところ、「フルバンドにするとソリストの音が埋もれてしまうので難しいね。」という返事が返ってきた。
伊藤さんがそんなネタ振りを覚えていらっしゃったのかどうかわからないが、今年の筑波大学吹奏楽団の演奏会のために書かれた作品が《フルート・ダモーレ協奏曲(あるいはフルート協奏曲)》である。送っていただいたスコアが今日届いた。
フルート・ダモーレとハープがかなり活躍するし、編成もかなり小さいのでバンドもかなり荷が重そう。吹奏楽というよりは完全に管楽合奏である。
(委嘱者のNくん、これ読んでいたら録音送って下さい(_0_)。)
ビムス・エディションズ バンド・コレクション Vol.1
「響宴VII」の会場で予約したビムス・エディションズの楽譜の参考音源。演奏はリベラ・ウィンド・シンフォニー。諸般の事情により最初はCD-R で作成されたらしいのだが、プレス盤がリリースされた時にはプレス盤も送付してもらえることになっていた。ということで届いたのがこれ。
以前の CD-R 盤に加えて、黛敏郎の行進曲《黎明》と、團伊玖磨作曲/福田滋編曲の《キスカ・マーチ》が追加収録されている。また、ホームページによるとヘンリー・ウッドの《イギリスの海の歌による幻想曲》ではカデンツァが追加されているらしい。
この出版社は今後も意欲的に邦人作品を出版していくようなので(おそらくリベラ・ウィンド・シンフォニーの音楽監督であり、バンドジャーナルに興味深い連載を執筆されている福田滋さんが絡んでいるのだろう)、ぜひともこのあたりも音源としてリリースして欲しいものである。