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お留守番
息子は保育園、妻は仕事、ということで独りでせっせと荷物の片付けをしながら、新潟から送った荷物の引き取り待機。しかし、通常は「旦那の現地赴任」→「妻子の渡航」という順番になると思うのですが、奥さんは旦那の残った荷物を適切に処分してくれるのでしょうか?私の場合、最初の渡航時には最小限の荷物しか持って行かなかったので日本にはまだたくさんの荷物が残っています。幸い、何度か帰国する機会があって、そのたびに少しずつ整理(あらためてドイツに送るものと日本国内に置いておくものの仕分け)しているのですが、(ご想像通り)全然片付きません。私が妻の立場で、自分自身が渡航する前にこれらの(=自分のものでない)荷物を片付けろ、と言われたら、かなり嫌です。 まあ、それはそれとして、無事荷物を受け取ったので行動開始。街中に服や本を買いに行きました。昼食は絶対ドイツでは食べられないであろう「まぐろのやまかけ丼」を食べました。買った本たち。 ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ 音楽のたのしみ〈2〉音楽のあゆみ―ベートーヴェンまで (白水uブックス) A18 地球の歩き方 スイス 2009~2010 で、息子には言っていなかったのですが、サプライズで息子を保育園に迎えに。期待通りに驚いてくれるのがうれしいです。 ***** 「ねえ、お父さん、いつドイツに帰るの?」 「水曜日だよ」 「土曜日に帰れば?」 今まで私の帰国スケジュールには何も言わずにしたがっていた息子が初めてみせたささやかな自己主張に少し心が痛んでしまいました。金曜日には保育園で今月生まれの子供たちのための誕生会があるので、それまで日本にいて欲しいということなのだと思います。微妙なタイミングで今年の息子の誕生日には一緒にいてあげることができなかったし。 まあ、もう少しなので我慢して欲しいものです。
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成田→新潟
フランクフルト発がほぼ1時間遅れたので、成田着もほぼ1時間遅れの午前9時30分頃でした。ちなみに成田エクスプレスは残念ながら旧型でした。(切符を買った時に「この成田エクスプレスは新型ですか?」と聞いたのですが「残念ながら旧型です」と言われてしまいました) 浜松から来る妻と息子とは11時45分くらいに東京駅で落ち合い、上越新幹線(ちなみにE1系Maxでした)で長岡駅へ。噂には聞いていましたが、新潟県内の雪は例年に比べてかなり多く積もっています。毎年正月前後に帰省した時にはほとんど雪はないのですが、今回は50cm〜1mは積もっている感じです。息子はものごころついてからこれだけの雪を見るのは初めてなので、しきりに雪玉を作って投げて遊んでいました。 本当は実家に泊まればいいのですが、明日の披露宴の準備や、会場までの移動に時間がかかりそうなので長岡駅近くのホテルに泊まることにしました。 夕方からは両家親族の顔合わせということでお食事会。先方は姉妹がたくさんいらして、それぞれにお子さんがいらっしゃるので、息子にとってはいっぺんにいとこが増えたわけです。年齢が近い子供が多かったので、さっそくおもちゃを借りて遊んでいました。以前よりは人見知りしなくなったのかなあ?
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誕生日
今日は息子の誕生日です。 今回は初めてメールでメッセージを送ってみました。Skype をしながら読み上げてくれたのですが、予想以上になめらかだったのであらためてびっくりしてしまいました。本当に親の予想を超えるペースで成長しています。前にも書いたように最近は「プラレール ハイパーガーディアン」や「仮面ライダーW」に夢中のようで(「シンケンジャー」は半ば卒業気味です)、会話の中に出てくるおびただしい量のカタカナに私は少々ついていけなくなっています。 以前にも増して「内弁慶」度が増加しているような気がするので、ドイツに来たあとでちゃんと幼稚園に馴染むことができるのかがちょっと心配です。
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お買い初め
息子の誕生日に日本にいることができないので、一足早く誕生日プレゼントを買ってあげることにしました。 仮面ライダーWのダブルドライバーと迷っていたようですが、この変身ベルトかなり品薄のようですね。本人はビックカメラのサンプルでひとしきり遊んでいたので、それで気が済んだようです。 仮面ライダーW 変身ベルト DXダブルドライバー で、結局買ったのはこちら。最近は普通のプラレールより、こちらの「ハイパーガーディアン」シリーズの方がお気に入りのようです。知らないうちに、自宅にも2つばかりありました … プラレール ハイパーガーディアン HGS-05 メカドックライナー 私はといえば、ちょうどセールのDMが来ていたブルックスブラザーズでちょっと買いだめ。それから防寒用の靴と。浜松から持っていた靴はほとんど防水されていないものなので、雪道を歩くのはちょっと辛いのです。 あとはすごく「今さら」な感じですが、例のベストテン総集編を見たので、ちょっと読みたくなった山口百恵さんの著書を。 蒼い時 (集英社文庫 126-A)
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帰国
というわけで帰国です。 航空券はルフトハンザのウェブページから直接購入してもいいのですが、安いチケットだとマイレージが50%しか加算されないので、旅行代理店を通して100%加算されるもっとも安いものを購入しました。この旅行代理店の担当者によると「クリスマスイヴに移動する人は少ないからフライトがキャンセルされる可能性もあります」ということだったので、ハンブルク→フランクフルトは余裕を持った時間にしました。フランクフルトでのトランスファー待ち時間が3時間以上あります。3時間も何をして過ごそうかと考えていたのですが、たまたまフランクフルト行きの機内でお会いした現地法人に勤務されている方がビジネスクラスのラウンジに入れる資格を持っているということだったので、便乗してラウンジでまったり過ごしました。 まあ、お約束の機内食を。 名古屋行きの機内ではあまり眠れなかったので上映されていた「カールじいさんの空飛ぶ家」を見ました。一言でいうと(インディ・ジョーンズ・シリーズ)+(クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲)÷2のような印象でした。完全なファンタジーであることを差し引いてもプロットの不整合は突っ込みどころ満載だと思うのですが、細かいことを考えなければ「泣ける」エピソードはたくさんあると思います。でも、泣くのは「オトナ帝国」のように大人の視点でこの映画を見た時の話なのでしょう。”Thanks for the adventure. Now go for a new one!” という言葉が持つ重いリアリティを実感する年代は少ないのではないでしょうか。子供の視点でこの映画を見た時に、子供たちはカールじいさんに対してどのような印象を持つのでしょう? 25日の午前中にセントレア着。浜松駅までの直通バス乗り場でも別の現地駐在の方にお会いしました。実はハンブルクから同じフライトだったのだとか(全然気がつかなかった …) 夕方、妻と一緒に保育園まで息子を迎えに。ちょっと早く着いてしまったので「お帰りの会」の途中でした。邪魔になると悪いので見つからないようにしていたのですが、同じクラスの女の子に見つかってしまいました。その子が息子に教えてあげたようで、さっそく息子は部屋を飛び出して来ました。「お帰りの会が終わってから来なさい」とたしなめて、とりあえず部屋に戻しました。 で、ちゃんと会が終わってから4ヶ月ぶりの対面。ものすごくうれしそうなのは見て取れるのですが、やはり久しぶりということがあるのか、ほんのちょっとのよそよそしさがあります。「あのねえ、おともだちがねえ、お父さんが死んだって言っていたんだよ。」と教えてくれました(苦笑)。まあ、しばらく保育園に来ていなかったのでそういうリアクションも無理はないと思うのですが、子供はストレートというか … 風呂に入って寝間着に着替えた後、息子からは「ドイツの匂いがする」と言われました。洗濯に使っている柔軟剤の匂いのようでした。
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クリスマス・ウォッチング
午前中に日本と Skype。今日は息子の通う保育園の「生活発表会」でした。合奏では大太鼓を担当したそうです。大太鼓が暴走すると合奏は簡単に破綻してしまうので人様に迷惑をかけなければいいが … と心配していたのですが、うまくテンポキープして、無事その役割を果たしたようで安心しました。そこで緊張の糸が切れたようで、そのあとの歌や劇はグダグダだったらしいのですが(笑)、まあ「その他大勢」が暴走してもさほど大勢には影響ないのかなと。 さて、原稿は書かなければいけませんが、買い出しもしなければいけません。クリスマスやなんやかやで中心部に車で行くとはまると思ったので、電車で出かけることにしました。そうなると、ある程度いろいろなところに行けるわけで、中心部から少し外れたところにあるコーヒー屋に行って、久しぶりにそこのコーヒーを買いました。日本にいる頃から自家焙煎のお店の浅煎りを好んで飲んでいたので、市販のものよりこういうお店で売られているものの方がしっくりきます。 このコーヒー屋があるエッペンドルフ地区からはバスで中央駅まで行けます。このバスに乗って中心部のショッピングエリアまで行こうと思ったのですが、やはり目抜き通りはクリスマスマルクトのために車両進入禁止になっていて、バスも通常とは違う迂回路で運行されていました。その目抜き通りであるメンケベルク通り(Mönkebergstraße)はこんな感じになっています。クリスマスマルクトものぞいてみたかったのですが、人も多いし、雨も降っているし、原稿も書かなければいけないし、でまた来週かな?ちなみに右側の画像に書かれている「Weihnacht(ヴァイナハト)」というのがドイツ語の「クリスマス」なのだそうです。 さて、このメンケベルク通りから一本裏に入った通りでバスを降りました。近くにスペイン料理店「Picasso」があるのを思い出して、久しぶりにここで昼食をとってみることにしました。前に来た時にも感じましたが日本人客が多いようで、日本人向けのタウン紙は置いてあるし、給仕のおじさんも「コンニチハ、トウキョウ(から来た)?オオサカ(から来た)?」とか話しかけてきます。こういう場合は「浜松を知っていますか?浜松はだいたい東京と大阪の中間にあります。近くには富士山があります。でも今はハンブルクに住んでいます。」みたいな感じで答えることにしています。するとおじさんは「俺も同じだ。スペインから来て、今はハンブルクに住んでいるよ。」とのこと。 どう考えてもワインを飲みたい状況なのですが(笑)、あとあとのことを考えてアプフェルショーレで我慢しておきます。野菜スープとタパス(前菜盛り合わせ)を注文しました。付け合わせのパンも含めて昼食には理想的な量です。 ガーリックを効かせたマッシュルームのオイルフォンデュ、魚介類(特にイカ、タコ)、少量多種類のディッシュ、素晴らしいです。ドイツ料理の「ある食材をドカン、次の食材をドカン」という大胆さに比べると、こういう繊細さが日本人とも相性がいいのかなあ?とか思います。 エスプレッソを飲んでお勘定。例によって食後酒もすすめられましたが(これも勘定後だったのでサービスなのかなあ?)、あとの予定があるので丁重にお断りしました。合掌して「サヨウナラ」と言われたので、「スペイン語で Auf wiedersehen って何て言うの?」と聞いたところ「Hasta la vista(アスタ・ラ・ヴィスタ)だよ。ターミネーター(映画)で見ただろ?」と言われました。あとでウェブで調べてみたところ、「Adios(アディオス)」と違って「Hasta la vista」には「また会おう」という意味合いも含まれるのだそうです。ということで、また来たいと思います。 例によってカールシュタットの食材売り場で買い出しをしたのですが、Mönkebergstraßeのカールシュタットにはシュニッツェル用の薄切り肉が(すくなくともこの日は)売られていないことがわかりました。やはり近所のWandsbekで買う方が確実かな? 帰りは市庁舎広場近辺のクリスマスマルクトを見ながら Jungfernsteig 駅まで歩き、そこからSバーンに乗りました。 こちらがJungfernsteig駅周辺のマルクト。立ち並ぶテントの向こう側にアルスター湖があります。画像の右隅に小さく写っていますが、アルスター湖の中にもクリスマスツリーが立てられています。ここから左を向くと … 市庁舎広場と、その前に立てられたクリスマスツリーです。市庁舎広場にもたくさんのマルクトがあるようですが、まだ足を踏み入れていません。来週こそはもっと本格的にブラブラしてみたいので晴れてほしいものです。 夕食は、さすがにワインが飲みたくなったので前に買っておいたままだったリースリンクを開けてみました。
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夏休みその10: 最後の晩餐
午前中はこまごまとした買い物をするために市内へ。そのあと、ハンブルガー・パンフィッシュが食べたいという妻の所望により「フリーセンケラー」で昼食をとりました。ここは市庁舎広場近くにあり、いろいろなガイドブックに載っているお店です。外に面した席ではアルスター湖につながる池(?)を見ながら食事をとることができます。ビールはイェーファー(Jever)のピルスナーと、シェーファーホッファー(Schöfferhofer)のヴァイツェン。ハンブルガー・パンフィッシュはあまりに洗練され過ぎていて、いわゆる普通のハンブルガー・パンフィッシュのイメージとはちょっと違います。もちろん、おいしいことはおいしいのですが。 そういえば、息子は「鉄ちゃん」なので、駅の名前を一所懸命覚えようとしています。最初は、 らーるしゅてっと:お父さんの会社の最寄り駅。ハンブルクに着いた翌日に行った。 はっせるぶろーく:お父さんのアパートの最寄り駅。基本的に街中に出かける時にはここからSバーンに乗る。 あたりを覚えようとしていたのですが、これらをマスターしたあとは、 べるりなー・とー:Hasselbrook の2つ隣の駅。Uバーンへの乗り換え至便。 はうぷとばーんほふ:中央駅。たくさんの電車(息子いちばんのお気に入りの ICE も含む)を見ることができた。 などもがんばって覚えようと復唱しています。「Berliner Tor」はミニチュア・ワンダーランドのジオラマの中にも見つけて(私は今まで気がつきませんでした)、「お父さん、お父さん、べるりなー・とー、あった。」と教えてくれましたし、「Hasselbrook」の駅名を見て「Sが二つあるから、はっせせぶろーく、だと思ったよ。」とか言っていました。まあ、日本に帰ったら残念ながら忘れてしまうのだと思いますが。 さて、夕食の用意をしながら妻と息子は帰りの荷造り。一応、息子も日本へ帰るということは認識しているようで、 「明日から淋しくなるね」とか、 「浜松に帰ったら何でもがんばるからね」とか、 (デジカメ画像を取り込んでいる Mac を指差して)「この中に思い出がいっぱい入っているんだよね」とか、 いちいち涙腺をダイレクトに刺激する言葉を吐き出しています。 何となくいつもと違う様子で、わざと叱られるような行動を取っているように見えるのは、甘えたいからなのでしょうか?それとも、まだ自分の感情がうまくコントロールできないからなのでしょうか?
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夏休みその9: ミニチュア・ワンダーランド再び
前日はハンブルガー・ドームに行って夜更かしをしてしまったのですが、今日は再びミニチュア・ワンダーランドへ行くために少し無理をして早起きしました。ミニチュア・ワンダーランドのホームページには入場待ち予測が出ていて、それによると、朝早く、しかも週末だと比較的待ち行列が短いのだそうです。早起きしたとはいってもみんなグダグダしていたので、結局アパートを出発したのは 9:30 頃になってしまいました。 先日は Jungfernsteig からバスに乗って行ったのですが、今日は(日曜日だから?)ミニチュア・ワンダーランドの近くまで行くバスがないようです。しょうがないのでUバーンで行くことにしました。結局、ミニチュア・ワンダーランドに到着したのは10時30分過ぎ。この時点で入場は50分待ちと言われました。選択肢は二つあって、1つは待ち行列に並んで50分待つ、もう1つは入場時間を予約するチケット(Fast Ticket)を買って予約した時間まで暇をつぶす、というものです。我々はその時点でいちばん早かった正午からの Fast Ticket を購入して、少し周辺を散策してみることにしました。 ここは、港の近くにある昔の倉庫街だった建物を利用しているので、周りには水路がたくさんあって、主に観光客を乗せた船がたくさん通ります。 何とか体力を温存したまま時間をつぶして、予定通り正午に入場しました。とりあえず腹ごしらえ。画像を見直すとけっこうな量を頼んでいますね。実は、このあとちょっと足りなかったので、さらにシュニッツェルを追加注文したのですが … その後、展示へ。息子は、そろそろハンブルクを走る列車もわかるようになってきたので、やはりそのあたりのジオラマに食いついています。ハンブルク中央駅やミニチュア・ワンダーランド周辺のジオラマもあります。今回気付いたのですが、ミニチュア・ワンダーランドの模型の中ではちゃんと鉄道模型が走っていました。画像だとちょっとわかりにくいですが … 妻は途中で眠くなったと言ってビデオを上映している部屋へ仮眠しに行きました。30 分ほどして妻が帰って来たあとも息子は食いついたままです。このままだと閉館までいそうな勢いなので、見るジオラマを決めさせて、それを見たら帰るという約束をさせてから回り直しました。結局ミニチュア・ワンダーランドを出たのは午後5時。食事の時間をのぞいてもほぼ4時間以上ジオラマを見続けていたことになります。鉄ちゃん恐るべし。 帰宅してから、夕食の待ち時間に一昨日借りて来た鉃道の DVD を見ました。ナレーションは英語だったし、途中で飽きるかと思っていたのですが2回まるまる見ました。さすがに夕食時には電池が切れたのか、食べながらコックリ …
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夏休みその8: ハンブルガー・ドーム
午前中は特に出歩かずにまったりと過ごしました。昼食は「ASIA MARKT」で買ってみた日本そば。粉わさびと麺つゆも買って来たのでばっちりでした。ネギと刻みノリがあれば完璧だったのですが、これらも売っているのかな? 今日のメインイベントはハンブルガー・ドーム。ハンブルクで年3回(春、夏、冬)開催されている北ドイツ最大の移動遊園地です。以前、日本からの出張ついでにドームを見に来たうちの会社の社員が「ねえ、全然動いているように見えないんだけど、どこが移動遊園地なの?」と言ったとか言わなかったとか。 息子の年齢(および身長)だとあまり激しいアトラクションには乗れないので、必然的に電車とかメリーゴーランドとかおとなしいものになります。独りで乗るのは嫌らしいのですが、逆にお父さんやお母さんと一緒に乗れるのであればどんなものでも楽しいように見受けられました。巨大なオルゴール(?)のようなものに合わせて動くメリーゴーランドのようなものがありました。まさにレスピーギの交響詩《ローマの祭り》の終楽章のような雰囲気です。 個人的に楽しみだったのは観覧車です。日本の観覧車はゆっくりと一周するとおしまいですが、こちらの観覧車はかなりのスピードで何回も回ります。(ちゃんと数えていませんでしたが少なくとも5周以上はしたはず。)当然、その間にも乗客は随時入れ替える必要があるので、その時は観覧車が一時停止します。場合によってはてっぺんに近いところでしばらく止まっていることもあるので、風も心地いいし(あ、完全に密閉された空間ではなく、窓がない構造です)眺めもいいです。これはコストパフォーマンス的にもかなりいいんじゃないかなあ? 夕食は「バイエルン・ハウス」なるビアホールへ。まさに小規模なビアホールという感じで、長机がずっと並んでいて、ステージでは大音量でバンドが演奏し、お客さん(酔っぱらい)はそれに合わせて歌う、という光景です。ザンクト・パウリのユニフォームを来た集団もいて何やら叫んでいます。(ザンクト・パウリはハンブルクを本拠地とするブンデスリーガ2部のサッカーチームで、ハンブルガー・ドームはザンクト・パウリのホームグラウンドのすぐそばで開催されています)我々はビール(ああ、銘柄失念)と、ニュルンベルク風ソーセージ(もちろんザウアークラウト添え)を注文しました。カリーブルスト以外のソーセージを食べたのはすごく久しぶりかも知れません。 その後はブラブラしながらアトラクションに乗ったり、何かを買って食べたり。ふわふわした揚げたてのドーナツのようなものに粉砂糖をかけたものがおいしかったです。 我々は 20:00 過ぎに帰って来たのですが、大人の時間(笑)はその後なのでしょうね。
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夏休みその6: お買い物
今日は街の中心部に買い物に行きました。前日の小旅行で疲れたせいか家族みんなが寝坊、朝食をとって、洗濯をして、出発したのは11時くらいでした。今日はおみやげや日本食材などかなりの量を買い込むつもりだったので自動車で行き、有料駐車場に停めました。 まずは駐車場近くの「ASIA MARKT」へ。韓国人のおじさんが運営しているアジア食材のお店で、韓国、中国、日本の食材が手に入ります。もちろん日本で買うよりは割高ですが、ふだん買うのに躊躇しなくてすむような値段です。ここで米や日本そばや韓国海苔などを買ってみることにしました。 ここで買った荷物をいったん車に置いて、昼食は以前も来たことのある「ダニエル・ヴィッシャー」へ。今度は屋内で食事をとることにしました。12時ちょっと過ぎという時間は昼食にはちょっと早い時間ですし、今日は平日ですし、お店の中は比較的空いています。息子は外を眺めることができる2階の席に座りたかったようですが、2階席はクローズされていました。息子は前回に続いてキャラクターの容器に入ったアイスクリーム、我々は、いわゆるフィッシュ・アンド・チップスを注文しました。あとは PAULANER のアルコールフライと。 そのあと妻は H&M で本格的な買い物を。私と息子はまたまたレゴショップで時間をつぶします。前日の夜から息子が「S バーンつくりたい」と言っていたので、必要そうなパーツをバラで買うことにしました。ショップ指定のプラスチック容器にブロックを詰め放題で15.90ユーロで買えます。S バーンで必要と思われる赤、白、グレイ、それから窓に使うであろう透明部品をがしゃがしゃと容器に詰めていたのですが、それを見ていた店員さんが「こうやるとたくさん入るわよ」と、ブロックを組み合わせて隙間がないように容器に入れる方法を教えてくれました。 息子が「つかれた」と言ったので(そりゃそうだ、1時間以上もレゴショップで遊んでいたんだから)、ちょっとコーヒーブレイクしたあと、ちょっと歩いてアルスター湖を見に行きました。そういえば妻と息子がハンブルクに来てからちゃんとアルスター湖を見せたことがなかったので。 少し落ち着いたところで「カールシュタット」へ。日本へのお土産はリューベック名物ニーダーエッガーのマジパン(マルツィパン Marzipan)に決めたようで、妻がせっせと買い込んでいました。そのあとは自分たちの食事用にチーズ、ジャム、ハム、魚(鮭の切り身)、パンなどを購入。浜松では「レッカーランドふくかわ」というおいしいハム/ソーセージのお店があったので、ドイツでそれよりおいしい(少なくともそれと同等の)ハムやソーセージが食べられないのが悔しかったのですが、さすがに一流デパートで売られているものはよさそうです。生ハムとサラミを試食させてもらったのですが、とてもおいしかったのでそれを買うことにしました。後日、会社でこの話をしたら「あそこはものすごく高いんだから、おいしくて当たり前だ」みたいなことを言われました。日本と比べてそんなに高い感じはしないんですけどね。逆にドイツに来てすぐに買った某スーパーマーケットのプライベートブランドのハムは、安いことは安かったのですが「二度と買うまい」と決意するような味でした。 買い物に付き合わされて少々欲求不満だった息子がカールシュタットの横にある休憩スペースで見つけた、変な起伏のある通路(?)です。しばらくこの上で走り回っていました。