Category: 日記

  • 送信完了

    備忘録。 某吹奏楽作品とその音源を購入するために International Money Order(日本語にすると何なんだろ?)を作成して発送する。届いたら報告したいと思うのでお楽しみに。 「隠し玉」のつもりだったんだが、うちの吹奏楽団での演奏できる可能性がかなり低くなってきたのでおおっぴらにしてもいいかなと。

  • 一ヶ月

    息子の一ヶ月検診。 体の大きさは標準よりほんのちょっと小さいらしいのだが、まあとりあえず順調とのこと。珍しくおとなしかったのは、たまたまタイミングがよかったのか、なれない場所へ行ったので「よそ行きモード」だったのか? ***** 絶妙のタイミングで午前半休が取れたので、断片的ながらスーパーボウルを見る。 第二次世界大戦終戦60周年ということで、退役軍人を連れてきたり、戦闘機を飛ばしたり、各軍隊の合同で国歌斉唱を行うなど、いやがうえにも高揚感を煽っている。 下手に結果を書くと録画している上戸彩に怒られそうな気がするので止めておくが、(去年ほどではないが)なかなか引き締まったいいゲームだったと思う。 ハーフタイムショーは(録画したけど)まだ見ていない。今年はサー・ポール・マッカートニーが片乳を出すのだろうか(笑)?

  • 眠い眠い

    昨日の夜は吹奏楽団の練習後、次回の定期演奏会のため選曲会議。子供がぐずって午前3時ごろまで眠れず。 今日は朝10時から吹奏楽団への依頼行事のための打ち合わせ。案の定遅刻しました。ごめんなさい。 そのあと、さっそく決定した演奏曲の楽譜を注文しに行く。ついでに予約分入荷済のCDを引き取りに。 [[amazon2][B00061I1BI]] ジャケットはこんな感じ(http://bridge-inc.net/yokoo/)。 上記のウェブページにも書かれているが、奇跡の初CD化。このジャケットデザインだけでも買う価値があるだろう。 しかし「一柳慧」という名前は一般には馴染みがないのだろうか?入荷連絡をくれたCDショップのお姉さんもうまく読めずに詰まっていた(笑)。 「いちやなぎ・とし」と読みます。オノ・ヨーコの最初の旦那です。(ジョン・レノンは3人目の旦那) [[amazon2][B0006ISJVS]] YMO のファーストアルバムを曲順通りにアコースティック楽器でカバーしたアルバム。(ちゃんと《アクロバット》まで入っているので YMO ファンはニヤリ)そうそうたるメンバーを揃えていて、例えば吹奏楽関係だと磯田健一郎さんがサウンドデザイン、長生淳さんが編曲、啼鵬さんがバンドネオンで参加したりしている。個人的趣味では木ノ脇道元さんがフルートで参加しているのも注目。 もちろん細野晴臣御大もヴォーカルで参加している。 以前にもアルバムを作っていることを知らなかった。こちらも聞いてみたい。 [[amazon2][/B00004SAAX]] 次回の定期演奏会でバッハの某オルガン曲のトランスクリプションを取り上げることになったので、原曲の音源として。 《トッカータとフーガ ニ短調》や《小フーガ ト短調》などに比べるとそんなに有名な作品ではないので収録されている音源も限られている。正統的な演奏であることと、他の演奏を聞いていたのでおおよそのスタイルの見当がつくということで盲目のオルガニスト、ヘルムート・ヴァルヒャの演奏を選択した。  

  • テレビ

    今週の頭にテレビがお亡くなりになった。買い換えたかったので「早く壊れないかなあ」とか思っていたのであるが、こういう別れは突然やってくるものである。 平成元年に購入した29型ブラウン管(もちろんワイドテレビではない)なのだが、店頭展示品を、しかも自分で持って帰る(確か重さ35kg。当時は独身寮に住んでいたのでたまたまいた友人を巻き込んで3階まで持っていたことを覚えている)からということで値切った代物である。天寿を全うしたというところか。 平日は電気屋など行けるわけがないので、今日になってやっと電気屋へ行き、目星をつけていた機種を購入。在庫もあったので無事明日配送されることになった。 なんとかスーパーボウルに間に合った。

  • みるく

    まあ、どうでもいい話ではあるが、育児書で見つけてなるほどと思ったこと。 生まれたばかりの赤ちゃんはおよそ3時間おきにおよそ100ccのミルクを飲む。 だいたい体重3000gに対して100ccである。 これを体重60kgの大人にあてはめてみると、単純に換算して毎回2000ccのミルクを飲んでいることになる。自分が3時間ごとに2リットルの牛乳を飲んでいるところを想像するとちょっとすごい。 日に日に目に見えて大きくなっているのも無理はないと思ったしだい。 (親馬鹿?)

  • ゆかしいよろこび

    “I have no name; am but two days old.” What shall I call thee? “I happy am, Joy is my name.” Sweet joy befall thee! Pretty Joy! Sweet Joy, but two days old, Sweet Joy I call thee: Thou dost smile, sing the while, Sweet Joy befall thee! 「まだ名がない 生まれて たった二日」 では おまえを何とよぼう? 「あたいは楽しい よろこび […]

  • 最初にして最大の災厄

    午後11時23分、彼に「最初にして最大の災厄」が訪れた。 また、ある人はそれを「意図せず数十年の冒険に漕ぎ出した勇気」と呼ぶ。 確かにそれは彼の意図ではない。 彼を冒険に漕ぎ出ださせたのは我々である。 ある方向に導くのではなく、彼が進みたい方向へ進みたい速さで進むことをしっかりと見守ることが我々の責務だ。 彼の冒険に幸多からんことを。 ***** (後日付記:妻がブログに書いた文章です。) 1月7日午後11時23分、サバヲが生まれた。陣痛開始からあっという間の出産だったので、あまりの展開の早さにびっくりするばかり。こりゃあ、忙しい子供かも、としみじみ思った。 そもそもの予定日は1月末だった。三ヶ日はDVD三昧で過ごし、4日は買い物、5日は友達が来訪、6日は年賀状の返事を出しに散歩、と呑気な日々を過ごしていた。 一応予兆はあった。6日夜におしるしがあったのだ。思えばこれがサバヲからの合図だったのだろう。 でも9日にフグのコース料理を友人と予約していた私たちは、「10日過ぎに出てきてくれぇ」と考えていた。 7日の朝から、何となく腰が痛いような変な感じがした。でも、よくドラマにあるような、「いたたっ」という感じがしない。ダンナに午前半休をとらせたものの、はっきりしないので仕事に行ってもらい、だらだら寝ていた。 3時頃やっぱり心配になり、自分で車を運転して病院に検診に行った。「子宮口が開き始めているので、数日中に出産かも。陣痛が10分おきになったらおいで」と言われた。家へ戻って、念のため入院用品に名前を書いた。ゆうがたクインテットを見ながら通販のカタログを見て申込用紙を書いているうちに、朝からの変な感じが間隔をおいてやってくるようになった。キッチンタイマーで計ってみると、10分だったり13分だったり一定しない。気のせいだろうと思っていたが、8時頃には8分おきに。これはまずいと思い始め、支度をしているうちにダンナが帰宅。ダンナは危うく夕飯のパスタを作りはじめようとしたが、そのまま病院へ。 病院に行く間にも陣痛の間隔はどんどん早くなる。入り口から診察室、病室から陣痛室へと移動するのに30分もかからなかったか?荷物を解く暇もなくパジャ マに着替え、陣痛測定器をつける。痛みに反応してグラフが跳ね上がるのがおもしろいが、助産婦さんが間に合うか心配になってきた。 助産婦さんも来て、分娩室へ。ダンナは打ち合わせ通り外で待つことに。血を見て倒れられると邪魔になるだけ、ということで。その間吉牛で夕飯を食べてきたらしい。 そろそろ陣痛の間隔が短くなり、子宮口も全開したということで、マタニティースクールの教え通り頑張ってみる。呼吸は深呼吸のままでなんとかなるのだが、 いつどう頑張ったものか、皆目見当がつかない。どこに力をいれるんだ?と自問自答しつつ頑張る。やっぱりその時になってみないと分からないことはあるもの だ。 しばらくいきんでも出てこない。陣痛の合間に看護婦さんが真面目な顔でダンナの伝言を伝えてくれる。 「『フグ、キャンセルしたから』だそうですよ。」 これには笑えた。ちょっと力が抜けて楽になった。 まだ出てこないので、助産婦さんが看護婦さんに先生を呼びに行かせる。「うーん、どこかがつっかえているのよねぇ。臍帯が巻いているわけでもないと思うし。」と、リアルな打ち合わせ後、麻酔してちょと出口を切ることになった。 サクサク、といった感じで切った後、またいきんでみる。とうとう看護婦さんと助産婦さんが交代でお腹を押してくれる事態になった。相変わらずどこに力をい れていいものやら分からないが、陣痛で痛い時に頑張らないといけない、ということがようやく理解できた。いやあ、大変だ、痛い時にこそ力もいれなきゃいけ ないとは。などと考えている間にも刻々と陣痛は来るので、 「あのー、そろそろ痛くなってきそうです。」 「あ、痛いです。」 などと報告しつつ、いきむ。 とうとう吸引もすることになった。看護婦さん、助産婦さんが交代でお腹を押し、先生が引っ張る。大変だぁ。3人がかりで出してもらうとは。 やっといきむコツがつかめたかな?という時に 「もうすぐよっ!」 と言われたと思ったら、赤いかたまりがびゅーんと出て行ったのが見えた気がした。 と、同時に激しく悪寒がした。歯の根が合わない。ガチガチいうのが分かる。寒い。寂しい。それまでお腹の中にいた生命の温かい塊が抜けて、取り残された私の体がさびしい、と訴えているようだった。 助産婦さん、先生で生まれたサバヲのケアをしているらしい。病室には看護婦さん一人だし、寒くて仕方がない。 よく言うおぎゃぁー、という声ではなく「めーめー」という山羊かなんかに似た声がした。男の子です、元気ですよ、良かったですね、云々という声が聞こえる。 先生が戻ってきて切ったところを縫い始める。お布団を山盛り掛けてもらい、暖房もしてもらったのに寒い寒い。相変わらず歯の根は合わないし、縫うときの痛みがじんじんする。 「先生、いたいです。」 と言うと、 「そうかいー?すぐ終わるからねー。」と呑気な声。 これは本当に痛かったんだってば。 ダンナが分娩室にやってくる。サバヲを先に見てきたらしい。写真も撮ったという。寒くてしょうがないので、お茶を飲ませてもらう。まさに病人ぽいなあ。な かなか出てこなかったのは、頭がちょっと入り口でつっかえていただけらしい。それ以外は何の支障もなく自分で頑張って出てきたらしい。えらい子だ。 洗ってもらってきれいになったサバヲを看護婦さんが連れてきてくれる。私は相変わらず分娩台の上で布団てんこ盛りだ。腕にサバヲを載せてくれる。思ったよ りしわしわで、しかも頭が伸びている。ドラマにあるような、まあかわいいっ、という感慨はわかなかった。悪いね、サバヲ。携帯でも写真を撮ったが、後から 見ると指揮者の岩城宏之さんに似ていた。 サバヲとダンナが出て行った後、ストレッチャーに載せられ、病室へ向かう。重病人みたいだが、本当に身動きができないんだからしょうがない。とにかく寝ようと思うがお腹が痛いし、寒いしでなかなか寝つかれず、友人にメールを書いたりなんかした。 そろそろ眠くなってきた。悪寒も治まり、大分暖かくなってきた。するとまだサバヲがいるかのように、お腹の中で蹴る気配がした。

  • 一段落

    今日は昨日よりは少し早く帰ることができて、吹奏楽団の知人たちと呑み会。 昨日の職場の忘年会に出られなかったうらみもあって最初から飛ばしまくる。さすがに二次会ではまともに思考できなくなってきたので先に失礼する。 なので、私が二次会で喋ったことは真に受けないで下さい。 … お願い … ***** 国立音楽大学ブラスオルケスターで長年指揮者を努められてきたクラリネット奏者の大橋幸夫さんが亡くなったらしい。同バンドが長年行ってきた邦人作品の紹介企画などは、もっとちゃんと成果をまとめて欲しいと思っているのだが。合掌。

  • マーフィーの法則

    10年くらい前にはやった「マーフィーの法則」を思い出した。 If anything can go wrong, it will. 失敗する可能性のあることは失敗する。 そうだよな、まったくその通りだよな … 忘年会も行けなかったし …

  • 一体感について

    もう、仕事の土壇場。 一日中タコメーターが5000回転を指し続けているような感覚である。 今年からロンドンの開発拠点の人たちを仕事をしていて、基本的にはメールやテレビ会議でやり取りをしている。それに追加して今週はフェイス・トゥ・フェイスのミーティングもあった。特に最近は書くメールの8割くらいがイギリス人相手のものである。 当初はこうも考え方が違うものかと、半分呆れて半分怒っているようなことが多かった。いわゆる「あうんの呼吸」は全く通じない、指示していないこと はやらない、合意事項は正式に文書にすることを要求する(そりゃ、そっちは英語で読み書きするんだから問題ないんだろうけど、こっちは日本人が英語で読み 書きしているんだぜ)、こういうのを文化とか国民性の違いというのか、とあらためて思ったわけである。 最近せっぱ詰まってきたので、いきおいメールの数が増えていたのであるが、そうすると何となくコミュニケーションが取れてきて、お互いに相手に対する思いやりが文面ににじみ出てきたりするのである。 仕事に限らず、こういう「共通の目標に向かっているという一体感」というのは言葉や行動ではなく、まさに「実感」という形でしか感じることができないのではないかと思っている。 まだ仕事の方は全然決着ついていないのであるが、とりあえず今日は達成感を感じているのでちょっと今年を振り返ってみた(まだ早いって)。