演奏会その36: ハンブルク・フィル(第7回)

朝から不測の事態が続いて大変な一日でしたが、まあ何とか夕方までには収束させることができて無事演奏会へ。

7. Philharmonisches Konzert

Wolfgang Amadeus Mozart – Serenade G-Dur KV 525 “Eine kleine Nachtmusik”
Arnold Schönberg – Verklärte Nacht op. 4
Claude Debussy – Nocturnes
Karol Szymanowski – Sinfonie Nr. 3 op. 27 (Das Lied der Nacht) für Tenor, Chor und Orchester

Montag 15. März 2010, 20:00 Uhr

Dirigentin: Simone Young
Tenor: Stig Andersen
Chor: Tschechischer Philharmonischer Chor Brno

ハンブルク・フィルの今シーズン第7回目の定期演奏会です。わかりやすくテーマは「夜」。モーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク(直訳すると小夜曲)》、シェーンベルクの《浄められた夜》、ドビュッシーの《夜想曲》、シマノフスキの交響曲第3番《夜の歌》というプログラムでした。

プログラムが進むにつれて、だんだんステージ上の演奏者の人数が増えていくのが面白かったです。

《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は小さめの弦楽合奏、それにさらに弦楽器が加わって《浄められた夜》は大規模な弦楽合奏、休憩後はそこに管楽器とハープと女声合唱が加わって《夜想曲》、最後はさらなる管楽器、オルガン、男声合唱、テノール独唱が加わって《夜の歌》となりました。

演奏の方は、最初の3曲があまりぱっとしませんでした。曲の作り込みが足りずに「手癖で何とかしてみました」といった感じの演奏。先週の歌劇場の初演などがあって、これらの曲への時間が足りなかったのかな?とも邪知してみたくなります。(ハンブルク・フィルはハンブルク歌劇場の伴奏も担当しているので)

《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は意図的かどうかわかりませんが、各音のアタックを柔らかめにして真ん中をふくらませるようなサウンドの作り方でした。音の重なりは聞き取りやすくなると思うのですが、軽快さは失われてしまいます。私は軽快な溌剌としたサウンドを期待していたのですが …

《浄められた夜》は前半こそ大規模な編成ならではの彫りの深さ、例えばソロイスティックな部分と全合奏の部分の対照や少々誇張されたアゴーギクなど、が劇的でよかったのですが、曲の作り方というかアプローチが一本調子だったように思います。後半の長調が支配的になってくるあたりではちょっと辟易してきました。

《夜想曲》は編成的にも曲調的にもわかりやすいので上記の2曲よりは聞いていて面白く感じました。金管はいまいちでしたが全編を通して木管のソロが安心して聴けました。最終曲の「シレーヌ」はもう少し落ち着いて厳かな鳴りの方がよかったのではないかと思います。

で、やはりシモーネ・ヤングにはシマノフスキの《夜の歌》のような重厚な作品の方が合っているように思いました。(席のせいもあるかも知れませんが …)オケが飽和したようなサウンドで線的な動きが聞き取りにくい箇所もありましたが、この曲の雰囲気ではあまり違和感はありません。少々病的な雰囲気のある曲調にヤングが作り出すマッシヴな響きはよく合います。プログラムにはマーラーの《大地の歌》やツェムリンスキーの《叙情交響曲》に影響を受けたと書かれていましたが、個人的にはスクリャービンやシェーンベルクの《グレの歌》あたりとの距離の方が近いのではないかと感じます。

(余談ですが、この曲はカンタータ風の両端楽章と、それらにはさまれたスケルツォ的な楽章が切れ目なく演奏されます。このスケルツォ楽章のモチーフの一つが《ミシシッピ組曲》(グロフェ)の「ハックルベリー・フィン」に似ています。「アメリカ横断ウルトラクイズ」の勝ち抜けの音楽で使われていたのですが。)

一週間以内に同じ曲を別々のオケで聞く機会というのもなかなかないと思うのですが、今週の金曜日はウィーンフィルの演奏でこの《夜の歌》を聞きます。ウィーンフィルの密度の高い音色はこの作品に合っていると思うので楽しみです。

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